第580話 莫大な魔力



「……なんだそれは?」


 唖然とするイシャスの顔を見ながら、私が悦に浸っていると後ろから声をかけられた。

 それはシルフィ先輩のものだ。私は振り返り、魔法の説明をする。


「これはですねぇ、『絶対服従』の魔法です」


「……なんだと?」


「『絶対服従』の魔法です」


 なぜか先輩は、頭を抱えていた。

 私は変なことでも言ったのだろうか。


「どうしました先輩」


「いや……お前は規格外な奴だと思ってたが、改めてそのぶっ飛び具合に頭を抱えていてな」


「やだなぁ、規格外だなんてそんな」


「別に褒めてはない」


 それからシルフィは、イシャスの首周りを見た。

 そこには、『絶対服従』の魔法をかけられている証である、紫色に光る首輪のような模様が浮かんでいた。


 まるでペットみたいだ。

 いや、こんなペットはいらないな。


「それにしても、洗脳する力とか聞いたことないですよねぇ」


「俺からすれば、『絶対服従』という魔法も聞いたことはないがな」


「そうですか?」


「……で、大丈夫なのか?」


 大丈夫なのか、と聞いてくるシルフィ先輩。

 それは、この魔法はちゃんと作用するんだろうなという意味だ。


 聞いたことはないなら、見たこともないんだろうし。初めて見る魔法の効力を不安に思うのも、当然だ。


「安心してください、ちゃーんと効いてますから。

 私の言葉にはほとんど従います。まずは、泥みたいになって逃げないように命令しといたんで」


「……なら、お前の言葉とやらで他にもいろいろ聞き出せるんじゃないか」


「いやあ、それが……」


 シルフィ先輩の指摘はもっともだ。『絶対服従』の魔法で、いろいろ聞き出してしまえばいい。

 私も最初は、そう思ったんだけど……


「この魔法、すでに四人にかけてるんですよ」


「……は?」


「そんで、イシャスで五人目。さすがに五人同時ともなると、そこまで強制力が発生しないみたいなんですよねぇ」


 私も、初めて知ったことだ。そもそも、『絶対服従』の魔法を人に使うのがエレガたちが初めてだった。

 だから、知らなかった。魔法をかける人数が増えれば増えるほど、強制力が薄れていくなんて。


 モンスターの場合は、何体に魔法をかけてもわりとすぐに解放していたし。

 こんなに長い間魔法をかけ続けているのは初めてだ。


 そのためか、強制力が低い。なんとか、逃げるなって命令は効いたみたいだけど。

 いろいろしゃべらせるとかは、無理みたいだ。


「なので、申し訳ないけど期待には……」


「おい、待て。……その意味不明な魔法を、すでに四人にかけている?」


「はい」


「ずっとか? いつから」


「さあ……魔大陸にいたときなんで、一週間は前ですかねぇ」


「……そんな時間、複数人にそんな意味のわからない魔法をかけ続けられるものなのか。魔力量どうなってるんだ」


 なぜかシルフィ先輩が、呆れたように言葉を漏らした。

 驚きもあるけど、驚きよりも呆れの方が大きい……って感じだ。


 私の魔力量に呆れているようだけど。


「この『絶対服従』の魔法なんですけど、かけた後はそれほど魔力を消費しないんですよ。いろいろと手順が面倒なだけで」


 魔法をかけ続けると聞けば、常に魔力を使っている感覚だ。

 でも、思っているより魔力は消費していない。普通に生活しながらできる程度だ。


 でも、私の魔力量が多いから魔法を維持できている、ってのはあるのかもね。ふふん。

 ……いや、私だけじゃないな。クロガネと契約してることで、お互いの魔力量が合わさってる感じだし。


「ともかく、これでイシャスはもう悪さできないってことです」


「……そうか。それならまあ、安心、と考えていいのか」


 私の説明に、先輩は一応納得した様子を見せる。

 暴れる心配がないのなら、それが一番だ。こいつの場合、どんな手を使って逃げ出すかわからないからね。


 そのイシャス当人は、忌々し気に舌打ちをしている。

 エレガたちもあんな感じだったな。『絶対服従』で意識を若干支配されているのが、気に入らないのだろう。


「エランは面白い魔法使うんだネー」


「!」


「リーメイ」


 先輩と話していると、そこにリーメイが参加してくる。

 今回は、リーメイにずいぶんと助けられたもんだよ。


「リーメイこそ、そのすごい力で助けられたよ。リーメイがいなかったらこんなうまくいかなかったもん」


「えー、そうかナー」


 照れた様子で、リーメイが笑う。

 どことなく自分と似た感じがする。


 とはいえ、これはお世辞じゃない。本心だ。

 ブリエとしてメイドになって働いていたイシャスを見破ったのもリーメイだし、洗脳を解いたのもリーメイだ。


「そ、そうだ。リーメイのおかげで……その、とても、助かった」


「! えへへ、なら嬉しいナ」


 私の言葉に同意するように、シルフィ先輩もうなずく。若干顔が赤いような気がする。

 そしてリーメイの笑顔を受けて、さらに顔が赤くなったように見える。


「……シルフィくんは、どうしたのです?」


「さあ」


 その様子を見たリリアーナ先輩が、私に耳打ちをする。ただし、シルフィ先輩がどうしたのかは私もわからないので、曖昧な答えしか返せない。

 なんというか、いつもの雰囲気と違う。リーメイに対して……だけってことかな。あれはいったい?


 というかリリアーナ先輩、シルフィ先輩のことシルフィくんって呼ぶんだ。

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