第576話 こうして私たちは戻ってきた



 病室に戻る、少し前のこと。



「……そうだ!

 私にいい考えがあるよ!」


 一つ、いい案を思いつき、私は手を叩いた。

 私にみんなの視線が集中する。なぜか、みんな不安そうな表情を浮かべていた。


 なので私は、みんなを安心させるためににこにこと笑顔を浮かべてみた。

 なぜかみんなの不安が、深まった。


「なあに、みんなそんな顔して」


「いや……あまりいい予感がしないものでな」


 苦々しい表情で、ゴルさんが言う。失礼な!

 この人私の実力を認めてくれているわりには、結構辛辣な気がする!


「それで、考えとは?」


「もったいぶってないで早く言え」


「もったいぶってるわけじゃあ。

 ……こほん。病院の人やリリアーナ先輩は、ゴルさんの体が心配だからまだ動かないでほしいんだよね?」


「そうですね」


「だったら、ゴルさんが動かなければいいんじゃないかな」


「そうだ……な?」


 私の言葉に、一旦うなずきかけたゴルさんだけど……それをやめて、私を見た。

 まるで、なに言ってんだこいつって目をしている。いや、実際に言いそうだ。


 なので私は、それを言われる前にこほんと咳払いをする。


「えっとですねぇ。まず私がぁ、浮遊魔法を使えるというのは、知ってますねぇ?」


「あぁ」


 そう、私は浮遊魔法を使える。

 実際にコーロランとの組との試合の時に見せたから、この場にいるみんな見ているはずだ。


「そうなんですよぉ、私は浮遊魔法が使えるのですぅ」


「その語尾伸ばすのやめろイラッとする」


「……あの、もしかしてと思うのですが」


 そこでリリアーナ先輩が、口を開いた。

 それは、私がこれから言おうとしていることを察して口に出そうとしているようだった。


 そしてそれは、多分合っている。


「そう、お察しのとおり! こうするのです!」


 私は魔導の杖を引き抜き、ゴルさんに向ける。

 とっさのことに反応が遅れたゴルさん。これが攻撃魔法だったら、やられちゃってるぜ。


 ま、そんなつもりはない。私が使ったのは浮遊魔法だ。

 そう、ゴルさんに浮遊魔法をかけたのだ。ベッドに寝たままだったゴルさんに。


 すると、どうなるか。


「このように! 浮きます!」


「……」


「……」


「……」


「……」


 なぜだろう、みんなの反応が薄い。

 特に浮かせられている張本人のゴルさんなんか、とても冷めた目をしている。


 うわぁ……あんな目、今までに見たことがないよ。


「なあエラン」


「なんでしょう」


「もしやとは思うが……お前は、俺をこのまま運ぶつもりなのか?」


「ザッツライト!」


 正解、の意味を込めて、私は指を鳴らす。

 さっすがはゴルさん、飲み込みが早いじゃない。


 そう。ゴルさんが自分で動くのが心配だというのなら、自分で動かなければいい。

 つまり私が浮遊魔法によって、ゴルさんを浮かせればいいというわけなのだ!


 これならば、ゴルさんは私に身を委ねて、のんびりしてくれていればいい。


「どう? 我ながらナイスアイデ……」


「ふざけるな、バカかお前は!」


 怒られてしまった。


「なんでさ、いい案だと思わない?」


「思わないわ! おまっ、お前……俺に、こんな格好で街中を歩けというのか!?」


 ゴルさんの今の格好はというと、寝転がった状態で浮いているようなものだ。

 しかも病院の服で。


 これで、街中を移動することになる。つまり、人目にさらされることになる。


「やだなぁ、歩かなくていいって言ってるじゃないですか」


「そういうことを言っているんじゃない!」


 ゴルさんは歩く必要はない。ただふわふわと浮いていればいいだけ。

 ただ、それが気に食わないようだ。


 問題としているのは……あれか、街中をこの格好で移動することについてか。


「大丈夫ですよぉ。堂々としてれば、意外と人って人を見てないものですよ。ゴルさんだと気づかれませんって」


「街中で不自然に浮いてるやつがいたら確実に注目されるだろ!」


 ふむ……それもそうか。

 浮いたら目立つ、だから見つかっちゃう。浮いてるのが見つかっちゃう。


 つまりは、恥ずかしい!


「さすがに私も、ゴルドーラ様が国民の見世物になるというのは……」


 リリアーナ先輩も、難色を示している。

 だめかぁ、いい案だと思ったんだけ……ど……


 ……閃いた!


「私ね。透明魔法も使えるんだ」


「それは……実に多才なことだな。で?」


「浮かせたゴルさんを透明にする。こうすれば、周りからは見えないよ」


 そう、浮かせているゴルさんを透明にすれば、誰に見られる心配もない。

 見られて恥ずかしい、という心配がなくなるのだ! いいじゃないの!


 どうよ、とゴルさんを見る。なぜか諦めたような表情をしていた。


「あぁ……じゃあまあ……それで頼む」



 ――――――



「そういうわけで、ゴルさんを浮かせて透明にして、みんなでここまで戻ってきました」


「……」


 病院から戻ってきたシルフィ先輩に、私は説明していた。

 浮遊魔法をかけた上で、透明化の魔法も付与する。二重にかけられるなんて、初めて試したけどやるでしょう、私。


 どんなもんだい、と腰に手を当てる。すると目の前にいたシルフィ先輩は……


「お、お前……おまっ、お前お前お前ぇ!? ゴルドーラ様になにしてるんだぁあああ!?」


「ぉおおおおぉおお!?」


 私の肩を掴み、前後にめちゃくちゃ揺らしてきた。

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