554話 前国王と新国王



 国中を巻き込む大事件。だけど、それほどまでに大きな騒ぎの中で死者が出なかったのは奇跡だ。

 ……クレアちゃんに関しては、この場で言うわけにもいかないので黙っておこう


 この事件での、確認できている唯一の死者こそ……ザラハドーラ・ラニ・ベルザ。

 この国の国王で、事件の際には自ら指揮を取ってみんなを助けたらしい。

 さすがは、ゴルさんの父親だけあって責任感に溢れている。


 その人が……亡くなった。


「誰か、最期を見た人っているの?」


「いいえ。ザラハドーラ様の護衛騎士はみな気絶させられ……誰もその瞬間を見ていないのです。

 ザラハドーラ様の背中には、鋭い爪痕が残されており、魔物による仕業と断定しました。それと、彼は子供を抱くようにうずくまり、亡くなっていたと」


 魔物に背後を狙われて……か。

 ゴルさんの父親なら、凄腕の魔導士だったのだろう。対面したとき、なんとなくすごい人だったのはわかった。


 そんな人でも、混戦の中で周り全てに注意を向けるなんて無理な話だ。

 それだけではない。聞くに、子供を助けてその隙をつかれてしまったのだ。


「その、子供は?」


「気を失っていたようですが、命に別状はありません」


 そうか、無事ならよかったよ。

 助けた子が無事ならば、少しはあの人も報われるだろうか。


「ザラハドーラ前国王が亡くなり、当然国中は混乱に包まれました。

 それをまとめ上げたのが、現国王のレイド様です」


「……」


 現国王……か。

 会った感じ、悪い人ではなさそう。でも、なんか引っかかるんだよな。

 ザラハドーラ・ラニ・ベルザ国王とは、まったく関係のなさそうな人物。


 ベルザはこのベルザ国の名前。そしてミドルネームの『ラニ』は、実在した人物らしい。

 この国が名もない頃の、始まりの王と言われていて……一代にしてベルザ国の名を他国へと知らしめた伝説の王、というらしい。

 その名前を、王族は代々継いでいるのだという。


 だけど、新しく国王になったレイド・ドラヴァ・ヲ―ム……ベルザの名前も、代々継ぐはずの『ラニ』という名前もない。

 完全に、以前までの王族との関わりが不明になっている。


「その新国王には、会ったけど……まあ、悪い人じゃなさそう。ですよね」


「あ、会ったのか!?」


 サテラン先生が仰天した声が響く。

 あー……そういや、普通は国王に会うことはまずできないんだよね。


 私の場合、この黒い髪を利用して会えたってのはあるけど。


 ……ちょっと、切り込んでみようか。


「何者なんですか、そのレイド国王は」


「何者、とは?」


 曖昧な質問だったかな……でも、どうやって話したもんかな。

 ほとんどの国民全員が、彼が国王であることに疑問を持ってないように洗脳されている……なんて言っても信じてもらえないだろうし。


 そもそも、誰もレイド国王が国王であることを当たり前に受け入れている時点で、洗脳にはかかっているんだろう。


「前国王のザラハドーラ様とは、どんな関係だったのかなぁと」


「!」


 なんと答えようか考えていたところ、ルリーちゃんが言葉を足す。

 せっかく切り出した以上、多少強引でもみんなの認識を探ろうってことか。


 それを受けて、ローランド理事長は答える。


「確か……古い友人だと聞いています。ザラハドーラ国王亡き後、レイド国王がこの国を治めたのもその関係だと」


「……友達だからって、国王になれるもんなの?」


「なれるものではないのですか? そして、この先も平和な生活を続けてくれることでしょう」


 ……これは、私がおかしいのか? また世間知らずを発動しているのか?

 ルリーちゃんに視線を向けると、首を横に振っていた。


 そうだよな、やっぱりおかしいよな。

 ゴルさんって息子がいる以上、次の王位はゴルさんに移るはずだ。死んだならともかく、まだ生きてる。

 それに、コーロランやコロニアちゃんだっている。


 レイド国王は確かに、ザラハドーラ国王とは友達だって言ってた。その認識は共有されている。

 ただ、その後がおかしい。レイド国王は、ゴルさんがある程度の年齢になるまでの暫定的な国王だって言ってたけど……

 今の言い方はまるで、レイド国王がずっと国王であるみたいな言い方だ。


「じゃあさ、ゴルさん……ゴルドーラ生徒会長は、どうなるの? 本当なら、彼が次の国王になるんじゃないの?」


「いえ、そんなことはありませんよ。彼にはもう王位継承権は残っていないはずですから」


「……」


 あまりにも、あっさりとした答え……当然のように言うもんだから、言葉が出てこない。

 私とルリーちゃんは、顔を見合わせる。


 ……ゴルさんに王位継承権が残っていない? それ、どういう意味だろう。

 他のみんなも、特に動揺した様子はない。


「……そう、ですか」


 せっかくルリーちゃんが突っ込んで言及してくれたけど……これ以上突っ込むのは、危険な気がしていた。

 あんまり突っ込みすぎると、こっちが異常みたいに思われるかもしれない。


 嘘か本当かは置いておいて……今のゴルさんには、王位継承権がない。そういうことになっているようだ。


「その、ゴルドーラ生徒会長は、どこで療養しているんですか?」


 彼は、学園寮には残っていない。かといって、実家でもない。

 彼の実家と言えば王城なのだけど、ゴルさんどころか知っている人たちが見当たらない始末だからな。


 ならば、どこで療養して……


「それは、この国一番の病院でだな」


「あ……」


 考えて、答えを聞いて、納得した。そして自分が、そんなことも見落としていたのだと唖然とした。

 そうだ、そうだよ……普通怪我をしたら、病院に行くんだよ。

 回復魔術の存在で、すっかり忘れてたけど……回復魔術で癒せないほどの傷を負ってしまったら、専門の病院で治すことになるわけで……


 ……ってことはゴルさん、回復魔術も通用しないほどの傷を負ったのか。

 重傷だとは聞いていたけど……

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