534話 まずいんじゃない?



「ふぅ……ノマちゃんったら、私のを自分のだと勘違いして持っていっただなんて」


「急に落ち着いたね」


 席に座り直した私は、私の物を自分の物だと勘違いして持っていったノマちゃんを思いため息を漏らす。

 やれやれ、ノマちゃんったら。そういうところもらしいけどね。


 再度フィルちゃんを膝の上に乗せ、さらには頭を撫でるサービス付き。

 さっき落としちゃったからね。労らないと。


「まあ、確かにエランくんはアクセサリーの類いには興味がなさそうだ」


「失礼な。私にはこのネックレスがあるじゃない」


 ナタリアちゃんの指摘に、私は首を振る。

 それから襟首から服の中に手を入れ、首からぶら下げていたものを引っ張り出す。


 それは、ネックレスだ。それも、ただのネックレスじゃあない。

 なにを隠そう、私がこのベルザ国に旅立つに当たって師匠から貰ったネックレスなのだ。

 こうして、肌見放さず持っている。


 これは『賢者の石』のように強力な魔導具ってわけでもないし……

 なにより師匠からの餞別だ。お風呂入るとき以外は常に身につけている。


「確か、グレイシアさんから貰ったものなんだっけ」


「その通りだよナタリアちゃん!」


「……ま、あれだけ聞かされればね」


 と、ナタリアちゃんは苦笑い。

 私はこのネックレスのことを、師匠から貰ったものだと自慢したことはあったけど、そんなにみんなに話したりなんかは……


 ……してたな。私、めちゃくちゃ自慢してたわ。これ師匠からもらったんだよって、めちゃくちゃ言ってたわ。


「でも、それ以外にエランくんがアクセサリー類を身につけているのを見たことがない。

 なんなら、おしゃれに興味もなさそうだ」


「すんごいストレート。でも、その通りだよ」


 私にはおしゃれとか、そういうのはわからない。年頃の女の子ならば、そういうものに興味があって然るべきなのかもしれない。

 私はなんか、そういうのわからないのだ。

 今持っている私服だって、この国に来てクレアちゃんが選んでくれたものだし。


 ……またクレアちゃんと、お買い物に行きたいな。


「それで、その魔導具はどうするんだい?」


「ま、急ぎでもないし。今度ノマちゃんに会ったときに返してもらうよ」


「それでいいのか」


「だって、結局『賢者の石』あんまり使ってないもんなー。魔大陸だって、クロガネがいたおかげで魔力に葉なんの問題もなかったし」


「クロガネ……?」


 あれ、こう考えてみると、私そんなに『賢者の石』必要としてない……?

 せっかくもらったんだから、使いたいけど……タイミングがないな。


 誰かと決闘するってなったときも、私は自分の魔力だけで挑むだろうし。

 そもそも魔力を上げるって言ったって、クロガネと契約したおかげで魔力自体はすでに上がってるんだよな。


 ……あ、でもクロガネと契約した今の状態で『賢者の石』使うとどうなるのかは、興味あるな。


「それで、その指輪の形をしているっていう魔導具は、どんな効力があるんだい?」


「正確には、指輪についている赤い石のことなんだ。

 えっとね、使用者の魔力が底上げされるみたいだよ」


「へぇ……」


 なにせ、国宝というやつだ。効果はシンプルだけど、わかりやすい。

 魔力の底上げなんて、そんなのすごいことだ。


 それを聞いて、ナタリアちゃんがふとなにかを考えていた。


「どうしたの?」


「いや……魔力を底上げする魔導具、なんだよね」


「うん」


「それは、今のノマくんが持っていて大丈夫なのか?」


「……」


 確認するようなナタリアちゃんの言葉に、私は考える。

 今のノマちゃん……つまり"魔人"としてのノマちゃんだ。


 ノマちゃんは、"魔死事件"の一件を経て体内に魔石の魔力が入り、それが自分の魔力と混ざりあった状態だ。

 ノマちゃんを除いて、事件の犠牲者はすべて死亡しているほど。

 まだまだ謎の多い状態だ。


 自分の中に自分以外の魔力が流れているノマちゃん。

 魔力の底上げをすることのできる魔導具。

 ……これは、どうなんだ?


「ノマちゃんが持ってちゃまずいかな」


「これまでの犠牲者は、自分の魔力と異物の魔力がいわば拒絶反応を起こし、体内で爆発した。

 ノマくんは、その拒絶反応が出なかったってことだ。でも……」


「でも?」


「その混ざりあった魔力が昂るなら問題ないだろうけど、たとえば"どちらかの魔力"のみが昂る結果になるとしたら?」


 ノマちゃんの体内では、二つの魔力が混ざり合っている。これは間違いないはずだ。

 だから、魔力が底上げされるとしてもそれは混ざりあった魔力が、底上げされるはず。


 ただ……仮に、まだ二つの魔力は生きていて。

 ノマちゃんの魔力、もしくは魔石の魔力どちらか片方のみが、底上げされてしまっととしたら。


 バランスを保っていた魔力は、バランスを失って……?


「ど、ど、どうしよう!? まずいのかな!?」


「その魔導具、常に効果が発揮されているわけではないんだよね?」


「うん。指輪を嵌めて、魔力の底上げを念じないと効果は出ない」


 ノマちゃんは……再会したときは、指輪はしていなかったはずだ!

 だから、四六時中付けているってわけじゃないはず!


 ノマちゃんは、『賢者の石』が魔導具ってことも知らないから……魔力を上げようとか、そんなことは考えないはずだ。

 でも……今のノマちゃんと『賢者の石』の相性が最悪である以上、このまま放置はできない。

 今すぐに取りに行かないと……あぁでも、今から走っていく時間も惜しい!


「そうだ、クロガネに乗っていこう!」


「?」


 考えに考え抜いた私は、思いついたことを口にする。

 頭の中で、慌てるルリーちゃんが見えた気がした。

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