533話 石の行方



 フィルちゃんの面倒は、ナタリアちゃんが見ていてくれた。元々フィルちゃんは、私たちの部屋で面倒を見ていた。

 でも、私は魔大陸に飛ばされたし残されたノマちゃんもまた、寮から消えていた。


 クレアちゃんやノマチャンの現状を知るまでは、二人が見てくれていた可能性も考えたけど……

 ノマちゃんはお城暮らし、クレアちゃんは憔悴し引きこもっているとなれば、ナタリアちゃんしか適任がいなかったとも言えるかな。


「ルリーくんもいなくなってしまったから、部屋には余裕もあったしね」


「余裕はあっても、面倒見てくれたなんて。大変だったでしょ」


「それなりに言うことも聞いてくれたし、ほどほどだよ。

 ……それで、ルリーくんは?」


 私とナタリアちゃんは近くの席に座り、対面で向かい合っている。

 フィルちゃんは、私の膝の上に乗っかっている。


 周りの生徒は、想像しく食堂を出たり遠巻きに私たちを見たりしている。

 わっと話しかけられるかと思ったけど、そうでもなかった。


 まあ、この話をするのに人が周りにいないほうがいいんだけどね。


「ルリーちゃんも、元気。今はクレアちゃんの実家で、待ってもらってるよ」


「そうか。いや、無事ならいいんだ」


 私の言葉に、ナタリアちゃんはホッとしたように息を吐いた。

 ナタリアちゃんとルリーちゃんはルームメイト。それに、ナタリアちゃんはルリーちゃんの秘密を知っている仲だ。


 それだけに、心配もかなりしていたのだろう。


「しかし、二人だけでどこかに飛ばされて……大変だっただろう」


「はは、まあね。でも、大変なのはこっちもでしょ」


「まあな」


 ナタリアちゃんには、話してもいいだろうか。クレアちゃんの現状を。

 クレアちゃんが憔悴している理由には、ルリーちゃんがダークエルフであることが関わっている。

 ルリーちゃんがダークエルフだと、ナタリアちゃんは知っている。ルリーちゃんの秘密を知っている少ない間柄だ。


 ただ……クレアちゃんが死人だってことまで、話していいものか。

 普通に、ルリーちゃんがダークエルフだとバレてしまって怖がられてる、で相談してみようか。


「あれは、転移の魔導具だろう? それも、かなり広範囲に影響を及ぼすものだ。

 そんな珍しい魔導具、あんな形でお目にかかることになるとは。どこまで飛ばされてたんだ?」


「それがね、私たちは魔大陸ってところに……

 ……珍しい、魔導具?」


 クレアちゃんの事情をどう説明しようか……そんなことを考えていた私は、ナタリアちゃんの言葉を話半分に聞いていた。

 その内容も、これまでよく聞かれたものだったし。


 ただ、その中に耳に引っかかった単語があった。

 珍しい魔導具……なんだろう、なんだか胸の奥がもやもやする。

 こう、なにかとても大切なもののような……なにかを忘れちゃってるような……


「あぁー!」


「!?」


「あたっ」


 大切なことを思い出し、私はダンッ、と立ち上がる。

 そのせいで、膝に乗せていたフィルちゃんが床に転がってしまった。


「ご、ごめんフィルちゃん!」


「ママァアア……」


「えっと……どうしたんだい?」


 ゴン、とぶつけてしまったであろう頭を、よしよしと撫でてあげる。

 フィルちゃんを介抱する一方で、ナタリアちゃんは首を傾げていた。よく理解できていないようだ。当然だ。


 なので私は、説明する。


「いや、私も大切な魔導具があってね。それを、部屋に置きっぱなしにしてたなって思い出して」


「大切な魔導具?」


 そう。それは、今は亡きザラハドーラ国王から貰った魔導具だ。いわば、遺品!

 ……国宝だからちょっと違うか?


 指輪に嵌められた赤い石、『賢者の石』。魔力を莫大に引き上げることができるという。


「指輪の形をしてるんだけど。魔導大会でそれつけて出るっていうのも、純粋に自分の力を試したかった私としてはちょっとね。

 だから部屋に置いて行ったんだけど……」


「魔導大会の最中に、転移させられてしまったと」


 ナタリアちゃんの言う通りだ。魔導大会中は外して部屋に置いていたのだが、魔導大会中の転移のせいでそのままになってしまった。

 部屋に置きっぱなしになっているのだ、あの魔導具。


 せっかく貰ったものなのだ。回収しときたい。


「仕方ない、一旦自分の部屋に……そういえば、今私たちの部屋どうなってるの?」


 私がいなくなり、ノマちゃんはお城暮らし。あの部屋は、今はどうなっているのだろう?

 その疑問に、ナタリアちゃんは応えてくれる。


「確か、部屋はそのままだよ。ただし、ノマくんの私物は彼女が持っていったはずだ」


「そっか。お城で暮らすなら、自分のものも移動させないとね」


 住む場所が変わったことで、ノマちゃんは自分の荷物を移動させたようだ。

 ほとんどが寮のものとはいえ、自分で持ち込んだものも多少はあるし……


 なら、今部屋寂しくなってるんだろうなぁ。


「あ」


「ん?」


 ふと、ナタリアちゃんが声を上げた。


「どうかした?」


「いや……魔導具は、指輪の形してるって言ってた?」


「うん」


「……実はね」


 ナタリアちゃんは、ノマちゃんの荷物運びの現場にいたらしい。

 そのとき、ナタリアちゃんが目撃したのが、ノマちゃんのとある行動だった。



『まあ、なんてきれいな指輪ですの! 見てください、わたくしにぴったりだと思いません!?』


『それ、ノマくんのなのかい?』


『…………えぇ、多分わたくしのですわ!』



「あのとき、ボソボソなにか言ってたけど……多分、『この指輪に見覚えはないけどフィールドさんがこのようなオシャンティなアクセサリーを持ってるとは思えないから多分わたくしのですわ』って言ってた」


「ノマちゃんんんん!!」


 まさかの曝露に、私は私の脳内で笑っているノマちゃんに叫ぶ。


 あの子、私の魔導具持っていったの!? いやそりゃ、私はアクセサリー類なんて今まで集めてなかったけどさ……

 いや、それでもこんなことある!? 自分のだと勘違いしてったの!?

 私の『賢者の石』持っていったの!?


「ちくしょう……持っていかれたぁ!!」


 私はその場で膝をつき、叫ぶ。

 フィルちゃんがポンポンと、頭を撫でてくれた。

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