531話 何度だって



 私の首を掴んだクレアちゃんの手は……肩は、震えていた。

 それは、自分の体に起こったことと関係しているのは、今の言葉からもわかる。



『……私は、もう普通の人間じゃないの。あいつは、私をこんな体にしたのよ……そんなの……こんなのって……!』



 生ける屍リビングデッドというものがどういう存在なのか、私は知らない。

 ただ、その言葉の響きと実際にクレアちゃんの身に起こった事実を考えると……死者を生き返らせる闇の魔術。


 一度は死んでいるからか、その肌には体温を感じられない。

 私がわかっているのは、それくらいだ。


 ただ……クレアちゃんやエレガたちの反応を見るに、それが褒められたものではないことは、確かだろう。

 死者が生き返れば、喜ぶ人もいると思う。だけど、それは私がものを知らないだからそう思うだけ……

 実際には、あんなに怯えるほどの、反応を見せた。


「……こんな体にされるくらいなら、あのとき死んでたほうが、よかったよ」


「……!」


 つぶやくようなクレアちゃんの言葉に、私は耳を疑った。

 死んでたほうがよかったと……そう言ったのだ、彼女は。


 なんで、そんな……


「私は、クレアちゃんが生きててくれて、嬉しいよ」


「生きてる? 生きてるって言えるのこれ? 私は覚えてるよ、あのとき刺された感覚……自分の中から、確かに命がこぼれ落ちていく感覚。覚えてるよ。なのに今、こうして動いて、喋って、まるで生きてるみたい……でもね、あのとき"死んでた"って記憶があるんだよ。記憶って言い方もおかしいかな……でも、そんな感覚がちゃんと残ってる。たとえば大怪我をして、それを回復魔術で治してもらった……そんなものじゃない、私は終わってたんだよ。怪我どころじゃない、死んでたの。命が、未来が、人生が。終わったそれが今、こうして始まってる……それって嬉しいことなのかな。うん、そうかもしれない。でも、でもさ、私思うんだよ。……それって本当に、私のものなのかなって」


「く、クレアちゃん……?」


「ねぇ……私は、なんなの? 私は、誰なの?」


「……っ」


 その目を見た瞬間……私は、まるで深い闇に呑み込まれてしまいそうな感覚に陥った。

 だって……クレアちゃんの瞳には、闇しか浮かんでいなかったから。


 同時に、私の脳裏にはある言葉が浮かんでいた。



『一度死んだ人間が、生き返った。それは事実だろうが……問題は、そいつの中身だ。本当に、以前のままなのか、それともガワだけ取り繕った偽物なのか……

 それは、本人が一番、思い知らされるだろうなぁ』



 それは、死から生き返り発狂していたクレアちゃんを見て、エレガが言った言葉だ。

 生ける屍リビングデッドは、生者でも死者でもない。ひどく曖昧な存在……

 そして、その魂とはいったいどこにあるのか。


 生き返った彼女は、本当に以前の彼女なのか。それとも……

 そしてそれは、本人が一番よく、思い知らされることになるのだ。


「く……」


 クレアちゃんは、クレアちゃんだ。そう言うのは簡単だ。実際、私はそう思っている。

 でも……それでクレアちゃんが救われるのかは、また別の話だ。


「……あいつは、ダークエルフで……私をこんな体に、した。簡単に割り切れないよ」


「……」


「安心して。あいつがダークエルフだってことは……誰にも、言ってないから」


 ルリーちゃんがダークエルフであると、クレアちゃんは誰にも話していないという。

 それは、本当だろう。話せる相手がいるなら、ここまで思い詰めることはなかったはずだ。


 今なら、私が話し相手にはなれる。なれるけど……

 ルリーちゃんと一緒に騙してたと、そう思ってしまっているクレアちゃんに寄り添うことは、できるのだろうか。


「だから……私のことも、言わないで。私が……死人なんだってこと」


「……サリアちゃんにも、話してないの?」


「話せるわけない」


 ルームメイトの、サリアちゃん。彼女はクレアちゃんの現状を、どこまで把握しているのかと思ったけど……どうやら、彼女にも知らせていないらしい。

 自分が、生きているのか死んでいるのかも、曖昧な存在で……


 クレアちゃんがこうまで憔悴してしまったのは、ルリーちゃんがダークエルフだったことと……自分の体が、どうなってしまったのか悩んでいたからか。

 ……そういえばルリーちゃんに、生ける屍リビングデッドはどういう存在なのか。聞いていなかったな。


 クレアちゃんと仲直りできるか、そればかり考えていた。それ以前の、問題だったのに。


「帰って」


「クレアちゃん……」


「エランちゃんが無事だったのは、本当によかった。ずっと、心配だった。だからこうして、無事な姿を見られて、よかった。

 でも……お願い。今日は、帰って」


 クレアちゃんは、私に対してどんな気持ちを抱いているだろう。

 ルリーちゃんと共に騙していた裏切り者? それともまだ友達だと思ってくれている?


 わからない……

 わからない、けど。……これ以上ここにいても、お互いに苦しくなるだけだと、思った。


「わかった。今日は……いきなりすぎたもんね、お互いに。少し、頭を冷やしたほうがいいかも」


「……」


「今日のところは帰るね。あ、タリアさんにはクレアちゃんは元気……とは言えないけど、ちゃんと大丈夫だって伝えておくから。

 でも、自分から連絡して……顔、見せてあげなよ?」


「……」


 クレアちゃんは、なにも話さない。

 ただ、私の首に触れていた手はいつの間にかだらりと下がっていた。うつむいている表情からは、なにも見えることはできない。


 私は、黙ったままのクレアちゃんの隣を過ぎ、玄関に向かう。

 もしこのまま、私がクレアちゃんの下に訪れなかったら……きっと、仲違いしたままになってしまう。


 でも、そんなことはさせるもんか。


「……騙してたわけじゃ、ないんだ。私も……もちろん、ルリーちゃんも。でも、ルリーちゃんの正体がわかったら、どんな反応をされるか怖くて……言えなかった」


「……」


「また来るね。私にとってクレアちゃんは、この国でできた……ううん、生まれて初めてできた友達だから。ルリーちゃんにとっても、大切な友達だよ。

 それだけは、本当だから」


「……」


 扉に手をかけて、私はクレアちゃんに向けて言う。

 お互いに背中を向けたまま、反応がないクレアちゃんはどんな顔をしているかわからない。


 でも……こんなことで、友達を失いたくない。

 これは私の本音だ。だから……何度だって、またここに来る。

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