530話 騙してた
「ルリーちゃんの、ことなんだけど」
「!」
私がその名前を出した瞬間、クレアちゃんの表情はわかりやすく変わった。
先ほどまで表情は柔らかく、時折笑ってすらいた。
なのに……
目を見開き、口を閉じ、表情が青ざめていく。
それに、唾を飲む音が聞こえてしまうほど。
「……ルリーちゃんも、私と同じように魔大陸に飛ばされちゃってね。
いやあ、一人だとかなり不安だったと思うから、ルリーちゃんがいて助かったよー、あっはっはー」
「……」
私は、明るく話をすることでクレアちゃんにも笑ってもらおうと思った。
だけど……クレアちゃんは黙ったままだ。
「それでえっと、ルリーちゃんはクレアちゃんと仲直りしたいなーって思ってるんだけど、その、クレアちゃんも仲直りしたいよ、ね?」
「……」
「ルリーちゃん良い子だもん。いつも、みんなのこと考えてくれてさ……まあ、自分を殺しちゃうところもあるけど、それは仕方ない部分もあるっていうか。でも、そこはほら、みんなのこと考えすっぎちゃってところがあるからさ……」
まずはルリーちゃんのいいところを挙げようとしたんだけど……あれ、なに言ってんだ私。
ルリーちゃんのいいところはたくさんある。でも、クレアちゃんの反応があまりにもなくて、自分でもなに言ってるかわかんないくらいめちゃくちゃになってる。
第一、こんなことはわざわざ言わなくてもクレアちゃんだって知っているじゃないか。
そうじゃなくて、もっと……
「……て」
「え?」
なにを話せばいいのか……話しながら考えていたところに、クレアちゃんの声が聞こえた。
うつむいているから、表情はわからない。でも、なにかを言った。
私はそれを、もう一度聞きたくて耳をすませて……
「やめて!」
「!」
……はっきりとした拒絶の言葉を、聞いた。
「やめて……"あいつ"の話は、やめて」
「あ、あいつ……?」
クレアちゃんの口から出たと思えないほどの、乱暴な言葉。
一瞬誰のことかと思ったけど、今の今までルリーちゃんの話をしていたんだ。
指しているのは、一人しかいない。
いや、でも……ルリーちゃんを、あいつ呼ばわり……?
「クレアちゃん、なんてこと……」
「知ってたの?」
「え……」
クレアちゃんは、私の目を見た。
それは、さっきまで無気力だったとは思えないほどに強い目……
強く、責めるような目だ。
「あいつが、エルフ族……ダークエルフだって、知ってたの?」
「それは……うん、知ってたよ」
「へぇ……」
ルリーちゃんの秘密。それを自分には明かしてくれなかったのが、許せない……
そんな雰囲気の言葉でないのは、すぐにわかった。
じゃねければ、ルリーちゃんをあいつ呼ばわりなんてしない。
「……騙してたんだ、私たちのこと」
「! そんなつもりは……」
「滑稽だったでしょ。ダークエルフなんかと仲良くして、おしゃべりして、笑っている姿は」
「そんなこと……」
自虐するように、クレアちゃんは笑う。
なんでそんな……そんなことを、言うんだ。
これも、本能に刻まれたダークエルフの呪いってやつか?
だとしたって……
「なんで……ルリーちゃんは、確かにダークエルフだよ。でも、ダークエルフってだけじゃない! ルリーちゃんがクレアちゃんになにかしたわけじゃないでしょ!?」
「……だけ? なにもしてない?」
私の言葉に、クレアちゃんは一度強く睨みつけ……自分の体を、抱いた。
そして、ぎゅっと腕を掴む。力強く……爪が、食い込むほどに。
「ちょっ、クレアちゃ……」
「あいつがなにもしてない!? 私は……私はあいつに、あい、つに……
うぁあああああああ!!」
「!」
クレアちゃんはその場から勢いよく立ち上がり、私に飛びかかる。
とっさのことに、私は反応が遅れ……気づいた時には、背後の壁に押し付けられていた。
そして、首に手を回される。
「! クレ、ア……」
そのまま、力を込められる……かと思ったけれど。
私の首には、ただ手が触れただけだった。クレアちゃんの手が、優しく触れて……
……その手から、なにも感じなかった。本来感じるはずの、人の体温を……感じなかった。
「私は……わた、しは! あいつに……"死人"に、されたのよ……!」
「……っ」
間近にあるクレアちゃんの目からは、ポロポロと涙があふれだす。
"死人"……その言葉に、私は息が詰まる感覚を覚えた。
……魔導大会の事件の最中、クレアちゃんは凶刃に貫かれ……命を落とした。
それを救ったのが、ルリーちゃんだ。いや、それを救ったと表現していいのか、果たして正しいのだろうか。
ルリーちゃんの使う……ダークエルフのみが使える闇の魔術。それにより、死んだクレアちゃんは生き返ることができた。
だけど、その事実を知ったクレアちゃんは発狂し……エレガはクレアちゃんの状態を"
クレアちゃんの言う"死人"とは、多分同じ意味だ。
「……」
死んだ人間が、生き返る……それがどういう意味を持つのか、正直私にはわからない。
ただ、死んでしまった友達が生き返った……その事実は、とても嬉しい。クレアちゃんだって、生き返ることができて、嬉しいはずだと、思っていた。
……体温を感じないその手は、震えていた。
「……私は、もう普通の人間じゃないの。あいつは、私をこんな体にしたのよ……そんなの……こんなのって……!」
「……クレアちゃん……」
生き返ることができて、嬉しくないのか……
そんな言葉が浮かんだけど、口には出せなかった。
それを口にしたら、クレアちゃんとは本当にもう元の関係に戻れないような気がした。
ルリーちゃんも……私も。
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