502話 おいしい紅茶
「じゃあ、行くよ。……ルリーちゃん、準備はいい?」
「は、はいっ」
私の問いかけに、ルリーちゃんは何度か深呼吸を続ける。
それからしばらくして、こくりとうなずいた。
一応、タリアさんならルリーちゃんの正体を知っても……と楽観的には考えられない以上。
まだ、ルリーちゃんは認識阻害の魔導具で顔を隠しておいた方がいい。
「お、おじゃましまーす……」
宿屋『ペチュニア』を前に、扉に手をかけてゆっくりと開いていく。
窓の外からパッと中を見た時、店内には誰もいないようだった。
なんとなく声を抑え、中を確認するように扉を開いていくと……
「おや、いらっしゃ。けど悪いね、今日は休みなんだ。表の看板に……
え、エランちゃん!?」
懐かしい声が、聞こえた。店の奥から、出てきたのは。
私がこの国に来てから、一番お世話になったと言ってもいい大人。クレアちゃんのお母さんである、タリアさんだ。
タリアさんは私の姿を見て、驚いたように口を開いていたけど……すぐにタタタッと駆け寄ってきて……
「無事だったんだね! 心配したんだよ!」
「わぷっ」
有無を言わさず、その体に抱きしめられた。胸に、顔が埋まる。
肝っ玉母さんタリアさんの包容力は、あっという間に私を包み込んでしまった。
あぁ、あったかい……それに、懐かしいにおいだ。
私、帰ってきたんだなぁ。
「まったく、今までどこに……おや、そっちはルリーちゃんかい!」
「え、あ……」
「あんたも、どこ行ってたのさ。心配したんだよ!」
私の次は、ルリーちゃんがタリアさんからの抱擁を受ける。
ぎゅ……と力強いそれは、本当に私たちを心配してくれたのだとわかる。
それと……ルリーちゃんをルリーちゃんと認識しながらこんなに喜んで抱きしめたってことは。
ルリーちゃんがダークエルフだと知らないか、知っていてそんなの関係なしに心配してくれたか。……後者なら、嬉しいんだけどな。
「本当に、無事でよかった……二人が消えたって聞いて、どうしようって思ったんだから……」
「タリアさん……」
こんなにも、心配してくれるんだ……接した時間は、そこまで長いわけでもないのに。
こんなにあたたかくなるなん……こういうの、お母さんって感じなのかな。
「た、タリアさん……苦しいです……」
「あ、あらら、ごめんなさい」
タリアさんの胸の中で潰されていたルリーちゃんが、軽くタリアさんの腰を叩いた。
それを受けて、タリアさんはルリーちゃんを解放した。
「ぷはっ」
「ごめんなさいねぇ、あんまり嬉しくて」
「い、いえ」
それからタリアさんは、私とルリーちゃんを見て……後ろにいたみんなにも、視線を向けた。
「ええと……その子たちは、二人のお友達かい?」
「こっちの二人はそうです。この四人はそんなことなくて……お前は、なんだ?」
「おい」
後ろにいたラッヘとリーメイ、黒髪黒目四人組、そしてヨル。
ヨル以外は、認識阻害の魔導具で姿を隠している。
こんな大人数で押し掛けたのに、タリアさんは嫌な顔一つ浮かべない。
「なんだかよくわからない関係だけど……
とにかく、上がって。立ち話もなんだから」
「でも、今日はお休みなんじゃ……」
「あら、そんなこと言ったかしら?」
タリアさんはウインクをして、私たちを招き入れる。
なるほど、店内にお客さんがいなかったのは、お店がお休みだったからか。私としては、そっちの方が都合がよかった。
店内にあるいくつかのテーブル席……そのうちの一つに、私とルリーちゃん、ラッヘ、リーメイは座る。
隣の席にヨル。そして四人組は少し離れた席にだ。
少しすると、タリアさんが紅茶を淹れて持ってきてくれた。
「はい。温かいわよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
それぞれお礼を告げると、タリアさんは四人組にも紅茶を持っていこうとする。
「タリアさん、そいつらにはいらないよ」
「えぇ? そういうわけにもいかないでしょう」
「いやでも……」
「エランちゃんったら、意地悪言わないの」
そう言って、タリアさんは四人の前にもお茶を置いていく。
『絶対服従』の魔法と魔力封じの手枷で、変なことはできないはずだけど……それでも、あいつらがタリアさんになにかしないか、注意する。
結局、何事も起こらずタリアさんは戻ってきた。
……あいつらにそんなことしなくていいのに。正体を明かせないとはいえ。
「……ぷはぁ、おいしい……」
「あら、ありがとう」
紅茶を一口。あぁ、やっぱり懐かしい味だ……それに、落ち着く。
はぁ、のんびりするなぁ。
「ワー。すごくおいしイ!」
「びみ! びみー!」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」
リーメイとラッヘはすごい馴染んでるな……こういうの素直にすごいと思う。
こうして、のんびりしているのも悪くないけど……そうも、いかないよな。
「ねえ、タリアさん。その……クレアちゃん、は?」
ただ、話したいこと聞きたいことがありすぎて……どれから話せばいいのか、わからなくなってしまう。
だから、一番気になっていたことを、直球で聞いてしまった。
ピアさんの言う通りなら、学園に残っている生徒とそうでない生徒がいるはずだ。
クレアちゃんは実家が国内にあるのだから、帰ってきている可能性がある……のだけど。
「あの子ったら、あの日以来ろくに連絡も寄こさなくなって。学園が休校になっても、帰ってきやしないし。
いったい、どうしたのか。なにかあったのかって、思ってるのよ」
「……!」
返ってきた言葉は、予想していないものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます