492話 ガシャンッ



 ガシャンッ



「…………」


「……」


 冷たく重い音が、周囲に響いた。

 金属の、ちょっと鈍ったような音。ギギギ……と檻が閉じられて、私は鉄柵を掴んだ。


 隙間から覗く向こう側を、じっと見ていた。


「なぜ、こんなことに」


 ポツリと、つぶやいた。それは誰に対する言葉なのか……

 きっと誰にでもないし、自分自身への問いかけだし、私以外に向けた言葉でもあった。


「なぜでしょうね……」


「わー、なんだか冷たい部屋ー」


「ここが……人間の暮らす部屋……なノ?」


「それは違う」


 私、ルリーちゃん、ラッヘ、リーメイ……あとエレガたち。

 私たちはまとめて、とある部屋に入れられていた。部屋というか……牢屋なんだけどね。


 檻を閉められ、ガシャンと音が響いたわけだ。

 ここは、場所的には地下だ。というか、レジーが捕らえられていた王城の地下室だ。


 おかしい……私たちは学園に行って、通してくれと言っていたはずなのに。いつの間にか、こんなところに。


「まさか……一種の催眠魔法?」


「いや、エランさんが無防備に着いていったからじゃないですか」


 ルリーちゃんの指摘に、私は先ほどの出来事を思い出す。


 あのとき、魔導学園の生徒だから通してくれと門番さんに詰め寄って……なら着いてこい、と言われて着いていった。

 そして、ここに連れてこられて……まあ、こうなった。


「なんでおとなしく入っちゃったんだろうね」


「私に聞かれましても」


 この部屋に入る直前、魔力封じの手枷を嵌められた。これのおかげで、魔導を使うことはできない。

 正直、その場で抵抗しようと思えばできた。でも、ここで騒ぎを起こすのは得策ではないように思えた。


 かといって、このままじっと捕まっておくっていうのもなぁ。

 そもそも、なんで捕まってるんだって話だ。


「あのー、なんで私たちはこんな目にあってるんですか?」


 とりあえず、牢屋の近くにいた兵士さんに聞いてみよう。

 さっきの門番さんとは別の人。少し若めの男だ。


「なんで、だと? 貴様、よくものうのうとそんなことが言えるな」


 すると、兵士さんは少し怒っているご様子。なんでだろう。

 私、なにかしたかな。


「貴様のその髪の色、そして瞳の色。奴らの仲間なんだろう」


「奴ら……?」


「魔獣を解き放ち、この国をめちゃくちゃにしたあの黒髪黒目の人間たちのことだ!」


 ……これは、つまり。あれか。

 私は、悪者……エレガたちの仲間だと、思われているってことか?


 魔導大会中に乱入者してきた、何者か。そいつらが魔獣や魔物を放ち、この国をめちゃくちゃにした。

 エレガたちの情報はというと、黒髪黒目……これくらいのものだろう。


 だから、同じ特徴の私も、あいつらの仲間だと思われたと。だから、有無を言わせず牢屋行きか。


「……」


 あいつらのせいで、私のイメージまで変なことになっている……余計なことをしてくれたな。


「いやでも、私はあいつらの仲間じゃないよ。私は学園の……」


「黙れ。そのような戯言、聞く耳はない」


 だめだ、この兵士……私の話を、まるで聞こうとしない。

 黒髪黒目がエレガたちの仲間……そう思うのは、確かに仕方がないと思う。


 でも、さすがにこれは横暴じゃないだろうか。


「エランさんは怪しくありません!」


「黙れ。貴様も仲間だな、顔を隠して怪しい奴め」


 ルリーちゃんの言葉にも、耳を傾けようとしない。

 認識阻害の魔導具のおかげでダークエルフだとバレてはいないけど、念のためにフードを目深に被っている。


 それがかえって、怪しさを演出してしまっているらしい。


「とにかく、黒髪黒目の人間とその仲間は、全員捕らえろと王のご命令だ」


「!」


 王様の……命令? 黒髪黒目の人間をひっ捕らえろって?

 それは、おかしい。そんな横暴なことをする人じゃなかったはずだ。数回しか会ったことはないけど、わかる。


 そういうことを考えこそしても、実際に疑わしいだけで罰するような真似、あの人はしないはずだ。

 ゴルさんやコーロラン、コロニアちゃんのお父さんがそんなことをするはずがない。


「なら、王様に伝えてよ。エラン・フィールドが帰ってきたって」


「なんだと?」


 自分で言うのもなんだけど、王様は私のことを評価してくれている。

 "魔死事件"の件でもいろいろと、話をするために王様に会いに行った。結構深い話をするくらい、信用もしてくれている。


 もし、本当に王様が黒髪黒目の人間を捕まえろなんて命令を出しているんだとしても、私の名前を出せば解放してくれるはずだ。


「そう。あの人ならわかってくれるよ、ザラハドーラ・ラニ・ベルザ国王なら……」


「…………あぁ、ザラハドーラ"前"国王のことか」


「……?」


 なんだ、今? なんか、すごい……変なことを、言わなかったか?

 え? 国王じゃなく……前、国王? 前、って……?


「どういう、こと……?」


「白々しい。貴様の黒髪黒目の仲間が、やったことだろうが!

 魔獣を、魔物を放ち、この国をめちゃくちゃにして……ザラハドーラ前国王を、殺しておいてとぼけるなよ!」


「……は?」


 怒りに震える兵士とは対照的に……私の心は、急激に冷えていくのを感じた。体も、まるで冷水をかけられたように、動かない。


 今……殺されたって、言ったのか? ザラハドーラ国王が……

 ゴルさんたちの……お父さんが……?

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