473話 魔女さん出ます



 上空を飛んでいるのは、鳥型の大きな魔物だ。

 全身が黒く、瞳は赤い。もしかしたら、餌を求めてこのあたりを飛んでいるのかもしれない。


 魔物は雑食だ、なんでも食べる。人間でも、モンスターでも。

 だから、モンスターだらけのこの村は、かっこうの狩場ってわけだ。


 あいつが村人を襲う前に、対処を……そう思って、杖を手にしたけど。

 その先を止めたのは、魔女さんだった。


「ここは私に任せてくれないか」


 頼もしい言葉と共に、魔物を見上げた。

 その姿に、私は構えかけていた杖を下ろす。


 これはあれだ、魔女さんの実力を見れるまたとないチャンスだ。

 この平和な村では、魔法を使うような争いごとなんて起こらない。ああして魔物が襲ってこない限りは。


「じゃあ、お願いしようかな」


「うむ」


 自分で魔女と名乗り、師匠と交流があって……師匠が好きすぎるあまり、自分の顔を師匠の顔に変えてしまった、性別不明の人。

 この村で唯一の人間。そんな魔女さんの、実力とは。


「あ、あの……杖は、持っていないんですか?」


「必要ない」


 魔導の杖は、魔法や魔術の制御をものにするためのものだ。

 逆に言えば、杖がなくても魔導は撃てる。でも、制御が効かない。せいぜい身体強化魔法くらいだ、杖なしで扱えるのは。


 それを使わないってことは、よっぽど魔導制御に自信があるってことだ。

 私だって、杖なしじゃそこまで魔導を扱えるわけじゃないのに。


「さて……しかし、魔物だからといってこちらから仕掛けるのもな。アレはまだなにもしていないし、私は自分から仕掛けるほど野蛮では……」


「ビァアアアアアア!!」


「言った早々か」


 魔物は雄叫びを上げ、口の中に魔力を溜まる。

 そして、口の中の魔力の塊を自分よりさらに上空に打ち上げ……ある程度の位置で、魔力が爆散する。


 いくつにも分かれた小さな魔力の塊が、上空から村へと、降り注ぐ。


「え、エランさん!」


「うん!」


 魔女さんに任せるとは言ったけど、上空から降り注ぐ魔力の塊を放っておいたら、周囲に甚大な被害が出る。

 あれを防ぐ手伝いくらいは、いいよね。私は、杖を構え……


「任せろと言っただろう」


 魔女さんはパチン、と指を鳴らして……杖を向けていた先にあった、魔力の塊が一瞬にして消えた。

 それも、一つだけではない。降り注いでいた魔力の塊、そのすべてが消えたのだ。


 すべてが、一斉に、一瞬にして……


「な……」


 なんだ、これ。

 魔力の塊を、こちらから迎え撃った攻撃で打ち落とす、というのならわかる。それでも、あれだけの数を一斉にというのは意味わかんないけど。


 でも今のは……消えた。全部、一瞬で、パッと。

 消えたのだ。


「わー、すごーい!」


 この状況に素直に喜びを表現しているのは、記憶喪失で子供みたいになっているラッヘだけだ。


「ふむ、喜ぶ娘の姿。胸躍るな。

 …………おい、ここはツッコむところだぞ」


 また魔女さんが気持ち悪いことを言っているけど、それに反応出来ないほど、目の前の光景にあっけにとられていた。

 だってそれほどに、すごい光景だったから。


「やれやれ……少しは、私のすごさを理解でき……」


「ビギャァアアアア!!」


「……まだ私がしゃべっているだろうが」


 自分の攻撃を打ち消され、それを理解しているのかはわからないけど……攻撃を消した魔女さんに向かって、魔物が突撃してくる。

 くちばしを開くとその中には鋭い牙が覗き、しかもこうして近づいてくると……思っていたより、でかい!? 人より大きい!


 それを魔女さんは……避けるでも迎え撃つでもなく。

 素手で、受け止めた。


「……あの巨体を……」


「受け止め、た……」


 私も、身体強化の魔法を使えば魔物の突進くらい止められるだろう。

 でも……魔女さんが、身体強化の魔法を使っている様子はない。魔法の気配がない。


 つまり、素の力であの巨体を受け止めていることになる。

 それも、片手で。


「ビ、ギギ……!」


「どうした魔物、そんなものか?」


 魔物は、おそらく押し切ろうと力を込めている。

 だけど魔女さんは涼しい表情を浮かべるばかり。


 そして魔女さんは……魔物を、思い切りぶん投げた。


「ふっ」


 吹っ飛んでいく魔物。それに合わせて、魔女さんは飛び上がる。

 魔物は凄まじい速さで吹っ飛んでいたが、魔女さんは早くもそれに追いつく。


 そのまま魔物の頭を掴み、空中に叩きつけた。

 ……空中に叩きつけた!?


 まるで、そこに見えない壁でもあるかのように。何度も、何度も。


「ピッ……」


「よっと」


「!」


 魔物が弱り、動きが鈍くなったところで魔女さんは空中を蹴り、私たちの前まで戻ってきた。

 そして、魔物を地面に放り投げる。


 このまま、とどめをさすのか……そう、思っていたんだけど。


「よーしよし」


 魔女さんは、魔物の頭を今度は優しく撫で始めた。

 さっき自分で痛めつけておいて、今度は甘えさせるように。どういうことだろう。


 すると、気のせいか魔物の体が……いや、気のせいじゃないなこれ。

 輝きだした魔物の体は、強くなる光に包まれる。なにが、起きているんだ。


 何秒か……輝きが、だんだんと小さくなっていく。

 光はやがて、消えていき……そこには、小さな鳥が残っていた。


「……ん?」


 鳥型の魔物。その姿は、どこにもなく。

 小さな鳥のモンスターが、魔女さんの手の中に抱えられていた。

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