471話 記憶を戻すには



 ある程度の食料を買い揃え、私たちは集合場所へと向かった。

 まだルリーちゃんたちは来ていないようで、少し待つことに。まあ食料とは違って、必要なものってぼんやりしてるし……それなりにかかるか。


 こうして村を眺めながら待っておくのも、それはそれで悪くない時間だ。

 思えば、この村に来るまでこんなのんびりした時間なかったもんな……魔大陸では知らない土地だったりラッへの記憶喪失だったり、いろいろなことがあって。

 まあクロガネの背中では、ある程度休めたけど。


「それにしても、記憶喪失か……」


 買い物中、大雑把にラッへの身に起きたことを魔女さんに説明した。

 記憶喪失であること自体は、昨日話しておいたけど。詳しい経緯はまだだ。

 師匠……つまり親と同じ顔をしている相手に反応がないのも、変だしね。


 魔大陸で、私たちのために頑張ってくれたこと。力を解放した結果気を失い、何日も眠って目覚めたら記憶を失っていたこと。

 力を解放したことと記憶を失ったことが、無関係とは思えないこと。


「なにか心当たりはない?」


「うーむ……まず、そのエルフの魔力を全解放した技が関わっているのは、間違いないだろうな」


 やっぱり、私と同じ意見か……むしろそれ以外に理由は思い当たらないんだけどね。


「魔力を全解放した結果、記憶を失うほどの反動があった。そう考えるのが自然だろう」


「それが前提だとしたら。ラッへはそれを知ってて使ったのか、知らずに使ったのか……」


 少し離れたところで、蝶々と戯れているラッへを見る。

 どちらが正解か、その前提が合っているのかもわからない。でも。


 この前提が合っていたら、やっぱりルリーちゃんは責任を感じてしまうだろうな。


「エルフの記憶喪失か……普通の記憶喪失だけでも厄介だろうに、桁が違うな」


「……うん」


 何百年と生きているエルフが、それまでの記憶を全部失ってしまうのは、どんなものなのか想像もできない。

 しかも、エルフはあちこちに散らばっているみたいだから……ラッへを知っている人がいるのか、どこにいるのかもわからない。


 可能性があるとしたら、師匠だけど……死んだと思ってた娘が実は生きてました。そして記憶喪失ですなんて、さすがに腰を抜かしてしまうだろうな。


「でも、魔女さんでもわからないか」


 魔女を自称するなら、なにか手がかりを持ってないかとも思ったけど。

 やっぱりわからないか。


「まあ待て、そう諦めるな。私だって娘のことだ、なんとか助けたいと思っている」


「それはそれで嬉しいけど……娘?」


「あぁ、グレイシア・フィールドの娘なら、グレイシア・フィールドの顔と同じ顔をした私の娘と言っても過言ではないだろう?」


「……」


「なんだその目は」


 マジかよこの人……という目だよ。


 ラッへ記憶喪失の原因を考えてくれるのはいいけど、こうまで気持ち悪いといっそ清々しいな。

 ……いややっぱ気持ち悪いわ。


「まあ、記憶喪失の原因を考えたところで特に意味はないだろう。問題は、原因ではなく解明。すなわち……」


「……記憶を戻す方法、ってことだね」


 師匠の顔で真面目なこと言うのはいいんだけど、師匠の顔で変なことを言うのは思い出が汚れるからやめてほしいな。


「あぁ。原因が判明したとして、だから記憶を戻せるか、には繋がらない。もちろん手がかりにはなるかもしれないが……いや、どうだろうな。

 仮に、力の全解放が記憶喪失の原因だとして、どうすれば記憶が戻るのかわかるか?」


「……魔力を使い切ってああなったなら、魔力が回復すれば記憶も戻るんじゃないかな。でも……」


「あぁ。もう万全の状態にも関わらず、彼女はあのままだ」


 この際記憶喪失の原因はさておいて、記憶を戻す方法をなんとかして手に入れなければ。

 そう考えると、難しいよなぁ。


「一説によると、記憶喪失とは強い衝撃を与えられた際に引き起こされるものだ。古典的な方法なら、同様の強い衝撃を与えるとかだな」


「強い衝撃ねぇ」


 一回、ラッへのことを思い切りぶん殴ってみるか?

 ……いやでも、今のラッへをぶん殴るっているのは、さすがに良心が痛むなぁ。


 まあ、元のラッへだったら遠慮なくぶん殴れる、ってわけでもないんだけどさ。

 それに、強い衝撃なんて……どんなもんか想像もつかない。


「あとは、自然に戻ることもあるようだが……」


「自然に、か」


 すでに、ラッへがこの状態になって何日も経過している。

 その間、記憶が戻る兆しはなかったわけだし……なにもしなくても記憶が戻るという展開は、期待しないほうがいい。


「なにか彼女にとって、印象の深いものはないのか?」


「というと?」


「記憶を失う以前より、本人にとって印象の強いもの……それを見るか、接するかで記憶喪失以前の記憶を呼び起こす可能性もある」


 ふむふむ……ラッへにとって印象の深いものか。

 ……わからん。


 そもそもラッへとは魔導大会のときに初めて会って、そのまま魔大陸に飛ばされた仲だからなぁ。

 彼女に関して、私に強い恨みを持っていたことは確かだけど。その私と行動を共にしていても、変化は起きないわけだし。


 となると……やっぱり、親の師匠だよなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る