464話 あたたかい食事



「あ、エランさん。おはようございます」


 部屋に入ると、私の姿を確認したルリーちゃんが一番に声をかけてきた。

 その顔はスッキリしていて、よく眠れたのだということがよくわかる。


 他のみんなも、いい顔をしている。

 魔女さんのいたずらに巻き込まれたのは、私だけだったってのは間違いないみたいだ。


「おはよう、ルリーちゃん。ラッヘとリーメイも」


「おはよー、昨日は気持ちよかった!」


「おはヨー。人間のベッドもいいものだネ」


 二人もどうやら、満足しているみたいだ。

 せっかく気持ちいいベッドなのに、ぐっすり眠れなかったらもったいないからね。


 そして……


「おはようエランちゃん!」


「お、おはよう。朝から元気だねぇ」


 ひときわ大きい声で挨拶をしてくるパピリ。朝でも変わらず元気みたいだ。

 手には、にんじんを持っている。両手で持って食べているのが、なんだかかわいらしい。


 三人が座るテーブルの上には、料理が並んでいた。朝ごはんだ。


「これも、魔女さんが?」


「まあな」


「そっか、おいしそう……って、ルリーちゃんは食べてないの?」


「私とリーメイさんは、エランさんが来るまで待ってようと。

 ラッヘさんは、一足先に食べてしまってますが」


 苦笑いを浮かべつつ、ルリーちゃんはラッヘに視線を移す。

 確かに、ラッヘは元気にご飯を食べていた。


「そっか。でも別に、私を待たなくてもよかったのに」


「いえ、そんなわけには」


 待たせちゃって、なんだか悪いことをしたなぁ。

 まあ、私が起きてここに来るまで、待たせてしまったのは魔女さんのいたずらで足止めくらったせいなんだけどね。


「ん、どうした?」


「なんでもない」


 とりあえず、ここでなにか言っても始まらない。

 待たせていた二人にも悪いし、私は早々に席につく。


 昨日と同じで、いろんな種類があるなぁ。

 でも朝だからか、お肉のような重たいものはない。どっちかと言えば、野菜がメインだ。


「待たせちゃってごめんね。じゃ、食べようか」


「はい!」


 手を合わせて、私たちは食事を開始する。

 意地悪な魔女さんだけど、出してくれる料理はおいしいし……悪い人では、ないんだよな。


 ……そういえば。今もだけど、昨日も魔女さんは食事をしていなかったな。


「魔女さんは、食べないの?」


「私は、人前で食事をするのが苦手でな」


 人前での食事が苦手、か……みんなで食事をしたほうが楽しいのに。

 まあ、そういうこともあるか。あんまり突っ込んでも悪いしね。


「おいしーねー!」


「本当、おいしい……」


 はしゃぎながら食べ進めていくラッヘは、口の周りを汚しながら喜んでいる。

 それを隣で、ほほえみながら口元を拭ってやるリーメイ。二人はまるで姉妹みたいだ。


 そのラッヘの言葉に同意をうなずくルリーちゃんは……一口一口を食べ進めながら、目からポロポロと涙を流していた。


「え、る、ルリーちゃん!?」


「あ、あれ……?」


「どうしたの!? 嫌いなものでもあった!? それとも、料理になにか盛られた!?」


「おい」


 なにか、悲しいことでもあったのか。それとも食べているものがからいか苦かったのか。

 食事中に泣いちゃうなんて、いったいなにが!?


 するとルリーちゃんは「すみません」と言いながら涙を拭って……


「こんな、誰かと安心して食事をするの……なんだか、ほっとしちゃって」


「!」


 誰かと安心して、食事をする……それはきっと、ルリーちゃんだから言える言葉だ。

 だって、ダークエルフであるルリーちゃんにとって、食事の時間すら安心できるものではなかっただろうから。


「いつも、皆さんと学食で、食事をして……楽しかった。でも、本当は怖かったんです」


「怖かった?」


「認識阻害の魔導具のおかげで、私の正体は皆さんにはバレません。でも……もし、それがなかったらと思うと。なにかの拍子で、正体が見破られたらと思うと。

 ……だから、私の正体を知っても怖がらない人たちと、こうして食事をできるのが、なんだか嬉しくて」


 ポツポツと、ルリーちゃんがこれまで抱いていた気持ちを吐露する。

 ルリーちゃんの正体を知っていたのは、私とナタリアちゃんだけ。あの大勢の生徒がいる中で、たったの二人だ。


 そんな環境で食事をするというのは……心が休まらないに、違いない。

 私は、そんなこと考えたこともなかった。ルリーちゃんのことを、思っていたというのに。


 どれだけ心細い思いを、していたのだろう。


「……こうやって、笑いながら食事をできる人たちが、もっと増えればいいね」


「はい!」


 今は、私とナタリアちゃんと。ここにいるラッヘとリーメイ……それだけじゃない。きっともっと、ルリーちゃんのことをよく思ってくれる人はいるはず。

 そのためにはまず、なにをするべきだろう。


 ルリーちゃん個人の認識がよく思われたとしても……クレアちゃんのことがある。ルリーちゃん個人が好きでも、ダークエルフという種族が邪魔をする。

 つまり、ダークエルフは怖いという概念を覆さないと、だめだ。


 ……そういえば、この世界の人はダークエルフというものを嫌うと本能的に刻まれている……みたいなことをエレガたちが言っていたな。

 まずはそこを、はっきりさせる必要がある。

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