462話 師匠のことを語る人



 師匠と魔女さんの顔が、そっくりな理由。

 それを聞いた私は、そのあまりの内容に言葉を失っていた。


「あ、え……な、なんて?」


「私が、彼の顔そっくりに自分の顔を変えたからだ」


 なんとかもう一度聞き直したけど、返ってきた言葉は同じだった。

 これは……とんでもない理由が返ってきたぞ。


 まだ『他人の空似』でごり押しされた方が、よかった気さえするよ。


「ええと……とりあえず、確認させて」


「もちろん」


「魔女さんは……師匠と、会ったことがあるの?」


「あぁ。数年前……いやもっと前だったかな。とにかく、この村に来たことがある」


 おぉ。魔女さんのさっきの発言はひとまず忘れといて、師匠と会ったことがあるのは確かみたいだ。

 少なくとも、数年前ってことは……私と出会う前の師匠とってことだな。


 師匠は、世界中を旅していると言っていたし。ここにも来たことがある。

 もしかしたら、魔大陸や……他の大陸にも行ったことが、あるのかもしれないな。


「へぇえ。それは、ぜひともそのときの話を……」


「あぁ、あのとき彼に会って、私は衝撃を受けた。この世に、こんなにも完璧な人間がいるのかと。エルフは長寿の種族だが、ただ長生きなだけであそこまで高みに到達することは出来ない。あれほどまでに強力な魔力、精霊に好かれる人柄、誰にでも優しい性格……正直、あそこまで一人の個に対して想いを高ぶらせたのは初めてだ。私としたことが、彼を前にすると気持ちを抑えきれなくなっていた。彼は多忙の身だ、いつまでもこの村にいないことはわかっている。だから私は、彼に関係を迫った……いや、恥ずかしい限りだな。彼は私の気持ちを知っていながら、私の想いに応えることはなかった。そこがまた、彼の魅力だった……どれだけ欲しいと手を伸ばしても、手に入らない。でも、どうしても欲しい。なら、どうすればいいのか。考えて、考えて……私は、答えを出した。

 私が、彼になればいいと」


「…………」


 どうしよう……この人めちゃくちゃ怖いんだけど。なんか頬を染めて、うっとりしているんだけど。

 この人、師匠のこと好きなのかな。じゃあ女の人……あぁいや、別に男を好きだから女だってわけでもないのか。


 いや、それはまあ、いいんだ。よくはないけど、とりあえず今はいいんだ。

 問題は、この人まともに見えてめちゃくちゃやべえなってことだ。


「つ、つまり……師匠が好きすぎて、師匠と同じ顔になった?」


「ま、要約するとそういうことだ」


 そういうことだ、じゃないよ。怖いよ。

 私誰かにこんなにも恐怖を覚えたのは久しぶりだよ。


 なんかすごい早口で話していたし、聞き取れた自分を褒めてやりたいようなそうじゃないような。

 あれだな。人って、好きな相手のことになると変わるんだな。


「しかし、キミが彼の弟子だとは。道理で、けた外れの魔力量なわけだ」


「ど、どうも」


 魔女さんは、意味深に笑う。私が師匠に鍛えられたから、この魔力を持っていると思っているのだろう。

 それは半分正解で、半分間違いだ。だって、師匠は拾った当時の私に対して、すでにすごい魔力だって言ってたのだから。


 それに、師匠にはいろいろ教えてもらったけど、師匠にしごかれたってわけじゃないしな。

 ほとんど独自に鍛えた。


 まあ、わざわざそれを言う必要もないけどね。


「彼の弟子、それに彼の子供……くくっ、驚いたよ。弟子がいることには驚きはないが、まさか子供がいるとはな。くくっ……」


「あー、えっと……ご愁傷様?」


 好きな相手に子供がいるというのは、複雑な気持ちだろう。

 なので、一応慰めてみるのだけど……


「くくっ、なにを言っている? 彼に子供がいようが、私が彼を想う気持ちは変わらない。いやいっそもっと強くなった! 彼は旅人だ、そして一人で行動していたそれはつまり! 行動を共にする伴侶はいないということ……どうせどこぞの野蛮な女が彼に無理やり迫り子を生んだに違いない。そのような相手、果たして彼にふさわしいと思うか? 私は思わない。ならば、私の方が……ふふふふふ」


 誰かー! 誰でもいいから助けてくれ! 誰でもいいから、もうエレガとかでもいいからさぁ!

 怖いんだよこの人! 二人きりにしないでくれよ!


 師匠の話を聞きたいのに、この人からもう師匠の話聞きたくねえよ!


「おっと、失礼。少し脱線したな」


「あはは……」


 そしてあれだけ語っておきながら、よく平常運転に戻ってこれたなぁ。


「それで、他に彼のどんなところを聞きたい」


「あー……いや、もうおなかいっぱいです」


「なに!? 話はこれからだろう!」


 師匠の顔で師匠のことを熱く語るこの人を見ていると、自分がどうにかなってしまいそうだ。

 とにかく、あれ以上語らせたらもたない。私が。


 なので、ご丁寧にご遠慮させていただく。


「まったく……キミは彼の弟子なのだから、彼のことをもっと知りたいとは思わないのか。

 それとも、お前よりも自分の方が彼のことを知っているアピールか!? 上等じゃないか!」


「なにも言ってないよ!?」


 師匠のことを聞いても聞かなくても、この始末。私ゃどうすればいいんだ!?

 その日は結局、魔女さんを無視してふて寝することで、ようやく魔女さんが部屋から出て行った。

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