446話 水しかだめだけど



 さて、ここは荒野だけど大岩がたくさんあるし、身を隠すものもある。

 休息するには、なかなかいい場所だと思う。


 ただ、ここで寝るにしても寝るための道具とか、まったくないんだよな。

 魔大陸では、運よくガローシャたちのおせわになることができたし。


「魔法じゃ、さすがに物理的なものは出せないしなぁ」


 頭の中でイメージしたものを具現化するのが魔法だけど、それはあくまで実体のないものに限られる。

 魔法でお布団を出そうとか、そういったことはできないのだ。


 だから、寝るならこの固い地面の上でかぁ……仕方ないとはいえ、ちゃんと眠れるかなぁ。


「そうだ。リーメイは、いつも外ではどうやって寝ているの?」


 ニンギョ族は、水の中が主な生活範囲だという。つまり外だ。

 なので、リーメイに聞けばなにかいいヒントを得られるかもしれない。


「ンー? 水の中で、寝ているヨ。水の中はぷかぷかして、気持ちいいんダ」


「……そう、なんだ」


 聞いてみて、これは失敗だと感じた。そしてそれは、その通りだった。

 そうだよなぁ。水の中で生活しているんだもん、水の中で寝ることもできるよなぁ。


 そう考えるとニンギョって、水の中でも陸の上でも眠れるし、お得なのでは?


「ルリーちゃんは、こういう経験はある?」


「私は、ほとんど森の中で過ごしていたので。木の上とか、ですね。地上だと、いつ誰に見つかるともわからないので」


「……そっか」


 ありゃ、いけないことを思い出させてしまったかな。

 ただ、ルリーちゃんはなんでもないといった顔をしている。


「んー、この辺には木もないしなぁ」


 そもそも、木の上で寝るにしても尾ひれがあるリーメイや、幼児退行してしまったラッヘにそんな場所で寝られるかって疑問だ。

 エレガたちなら別に、そのへんに放り投げておけばいいんだけど。


 うーん、どうしたもんかな。


「エラン、寝る場所考えてるノ?」


「え。うん」


 腕を組み考えていたところに、リーメイが話しかけてくる。

 私の反応を見て、リーメイはにんまりと笑った。


「なら、リーに任せテ!」


「任せて、って……」


「えイ!」


 とてもいい笑顔で、なにかを任せてと言う。

 その中身を聞く前に、リーメイは私から少し距離を取って、両腕を広げる。


 手のひらから水が生まれる。それも、少量の水じゃあない。人一人はあるかというほどの量の水が、あっという間に出現した。

 そして、それは丸、三角、四角と……いろいろな形をかたどっていく。


 最終的に長方形の形になったそれは、ドシン……ではなくプルン、と地面の上に置かれた。


「……これって……」


「まさか、ベッドですか?」


「そだヨー」


 出来上がったそれは、水でできたベッドだ。

 それに近づき、指で軽く突っつく。それは、プルンと揺れるけど、ちゃんと形は保ったままだ。


 す、すごい。魔法で物の形を模すことはできるけど、それはすぐに消えてしまう。私が同じことをしても、ものの数秒で消えてしまうだろう、

 そもそも魔法とは、そういうものだし……なのに、これはそういった補足を、無視している。


 水のベッドを見て、目を輝かせたラッヘが、ベッドへと飛び込んだ。


「あ、こらラッヘ……」


「わー、すごーい! ぽよんぽよんしてるー!」


 ラッヘが飛び乗っても壊れないどころか、それは沈むラッヘの体を押し返す。

 ぽよんぽよんと、水の弾力がラッヘの体を跳ね返しているのだ。


 弾力、強度……そのどれも、すごい。


「リーメイ、これって……」


「人魚族は、水属性の魔導しか扱えないノ。

 その代わり、その精度は他の種族をはるかに上回ル……って、昔死んだ母様が言ってたヨ」


 ニンギョ族特有の、力みたいなものか。一つの属性の魔導しか、使えないなんて。

 例えば私が、雷や氷の槍をイメージしても、リーメイは水野槍しかイメージできないってことか。


 それよりも、なんか重たい話が出てきたけど……あんまり、深くは聞かない方がいいのかな。


「こ、こほん。すごいよリーメイ。これで、寝る場所には困らないよ」


「えへヘー」


「じゃあ残り三つ、お願いできる?」


「任せテ!」


「おい、俺たちのはないのか」


「はっ、あるわけないでしょ」


 リーメイには続いて、三つのベッドを用意してもらう。

 これで、私、ルリーちゃん、リーメイ、ラッヘは一人ずつ、柔らかいベッドで寝ることができる。


 エレガたちは……まあ、適当にどっかに繋いでおこう。


「寝どこは確保。

 ……あ、このベッドって、急に消えたりとかは……」


「リーが意図的に消さない限り、一日は持つよー」


「そっか」


 実体のある魔法と言うだけでも驚きなのに、それが一日も持つなんて。

 リーメイは、こう見えてすごい魔導士なのかもしれない。


 ……そういえば、リーメイは魔導の杖は持ってないんだな。

 まあ杖は、あくまで魔導の制御をものにするためのもの。水のみの魔導に特化したニンギョ族なら、百年も生きてたら制御はバッチリなんだろう。


「じゃ、次は食べ物だね」


 寝るところの次は、食べるものだ。

 なんだろう、魔大陸でも食べ物求めてあちこち探してたな。デジャヴュかな?


「任せテ!」


 するとリーメイが、自信満々に胸を叩く。ぷるん、と揺れるものがあるので、それはやめたほうがいいと思う。

 先ほどと同じように、リーメイの手のひらから水が出現。そして、それは食べ物の形を取っていく。


 次々と出てくる、食べ物の形をした水。それは、空中にふわふわと浮かんでいた。


「……」


 ベッドと同じように、触れる。うん、触れるんだ。

 でも……


「……水だぁ!!」


 かぶりついても、水の味しかしない。

 お腹は、膨れなかった。

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