431話 お別れのとき



「本当に、行かれるのですね」


「うん」


 ラッヘが目覚めた、翌日。私たちは、ここを発つために準備を完了して、広場に出ていた。

 ここにいるのは、私とルリーちゃん、ラッヘ、ガロアズにガローシャにロゥアリー、そして拘束したままのエレガ、ジェラ、レジー、ビジーだ。


 ここを発つ準備って言っても、元々なにか持っていたわけでもないんだけど。


「でも、いいの? ご飯とかもらっちゃって」


「はい。微々たるものですが」


 ガローシャたちには、食料を分けてもらった。

 保存食みたいなものだけど、この状況だとそういうののほうが、ありがたい。


 魔族の食べ物も、私たちの口にあうことはわかったし。これも、無駄な食料ではないだろう。


「そっちは大変なのに、なんか気を遣わせちゃってごめんね」


「いえ。そちらも、大変でしょうから」


 そう言って、ガローシャが視線を向ける先には……ラッヘの姿が、あった。

 ラッヘは、以前のままなら決して見ることができなかったであろう笑顔を浮かべて、ルリーちゃんと話している。


 ……ラッヘの笑っている顔を見たいと思ったことは、ある。ダークエルフとエルフだけど、ルリーちゃんと仲良くしてくれないかなと思ったことも、ある。

 でも……こういう、ことじゃないんだ。


「戻りませんでしたね、記憶」


「うん」


 目覚めたラッヘからは、目覚める前のすべての記憶が失われていた。

 それが、どれほどの衝撃だったか……一日経っても、よく覚えている。


 元々、ラッヘが目覚めてからすぐに出発できるよう、準備を進めてはいた。

 昨日、ラッヘが目覚めたので……とは考えたけど、彼女が記憶喪失であることがわかり、出発を先延ばしにした。


 一日休めば、記憶喪失も治っているのではないか、なんて考えがあったけど……


「そううまくは、いかないか」


 さすがに、もう一度寝たら記憶が戻っていた……なんて展開は、なかった。

 もしそんなことで記憶が戻るなら、私なんかとっくに記憶が戻っているよ。


 ラッヘは記憶喪失。私も記憶を失っている。

 でも、私は十年前より以前のものだけだ。生まれてから今日にいたるまで、全部忘れてしまったラッヘとは、程度が違う。


「ら、ラッヘさん……体は、変じゃないですか?」


「うん、全然変じゃないよー」


 記憶がなくなれば、性格まで変わってしまう……

 今のラッヘは、自分の名前も忘れている。さぞ、不安なはずだ。全然そんな風に見えないけど。


「おいおい、なんだエルフのあの気色悪さは。なに企んでやがる?」


「黙って」


 その様子に困惑している、エレガたち。

 彼らは、ラッヘが眠ってしまったことは知っていても、目覚めた際に記憶喪失になってしまったことは、知らない。


 わざわざ教える必要もないから、黙っているわけだけど。この分じゃ、すぐにバレてしまいそうな気もする。


「引き止めてしまう形になってしまい、すまなかったな」


「皆さん、お元気で」


 ガローシャを始め、ガロアズとロゥアリーともお別れを済ませる。

 魔大陸だし、簡単に来れる場所じゃないけど……また、きっと会える。そんな気がする。


 それから私は、魔法陣を展開。

 魔法陣の下から、黒き竜……クロガネが、姿を現す。


『なんだか、久しぶりに現界した気がするな』


「クロガネは大きいから、やたらと姿を出せないのがね」


 久しぶりに召喚したクロガネは、やっぱりとても大きな威圧感がある。

 魔法陣の中で眠っていたおかげで、すっかり回復したようだ。


 私たちを乗せて飛行しても、充分に余裕があるってことだ。


「じゃ、ルリーちゃん、ラッヘ。乗ろっか」


「はい。ラッヘさん、乗れますか……」


「わぁ、おっきなドラゴンだ! すごい、すごい!」


『……』


 初めて見るクロガネの姿に、ラッヘは大はしゃぎだ。

 その様子に、さすがのクロガネも困惑している。


 クロガネは、契約者の私を通してなにが起こったか全部伝わっている。

 その上で、クロガネにもラッヘがどうして記憶を失ってしまったのか、分からないようだ。


 エルフ族の使える技、限界魔力オーバーブースト。自身の魔力を極限以上に引き出す技。

 それを使ったから、ラッヘは魔力を激しく消耗し、気を失った。


 その後、五日に渡って眠り続け……目覚めたら、この状態だ。

 正直、限界魔力ってやつと関係がないと考える方が、難しい。


「……」


 ルリーちゃんは、やっぱり不安そうだ。

 ラッヘが限界魔力を使ったのは、ルリーちゃんの暴走を止めるためなのだから。


 だけど、クロガネが言うには限界魔力の副作用に、記憶障害になるものなんてない、とのことだ。

 だから、限界魔力が原因のように見えて、実際はそれとは関係ない。ルリーちゃんにも、そう伝えた。


 ……そうなると、なにが原因かまったく手掛かりがないんだけど。


「あーらよっと」


「おい、もうちょっと丁寧に……っ」


 ルリーちゃんとラッヘがクロガネの背中に乗ったのを確認し、私はエレガたちをぶん投げる。

 魔法で浮かせて移動させた方が安全ではあるけど、あいつらに配慮する必要はないし。


 四人ともぶん投げて、最後。私も、クロガネに飛び乗る。


「じゃあ、行くね」


「はい。この度は、ご協力ありがとうございました」


「協力ってか、利害が一致しただけだし。こっちこそ、お世話になったよ」


 ガローシャと、言葉を交わして……クロガネが、翼をはためかせ、飛び上がる。


 手を振るガローシャとロゥアリー、礼をしているガロアズに私とルリーちゃんも、手を振って応える。

 ラッヘが、隣でめちゃくちゃ手を振っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る