425話 戻らぬ意識
それから、さらに二日が経った。
魔大陸での時間経過は、私にはよくわからないけど……魔大陸に適応しているクロガネや、魔族であるガローシャは当然わかっている。
二人が言うには、ラッヘが眠ってしまってから今が五日目ということらしい。
私たちが魔大陸に飛ばされてきてから、一週間が経過しようとしている、ってことか。
「んー……」
「エランさん、ラッヘさんの頬で遊んではダメですよ」
「遊んではないよ。ただ、これで起きないかなって……」
「それで起きるなら、もうとっくに起きていると思います」
ルリーちゃんの指摘ももっともだ。
私は、ラッヘの頬をぷにぷにするのをやめる。指先で頬を突っつくのは、ラッヘが起きていたら絶対やらせてくれないだろうな。
それにしても、こうもなんの反応もないと……不安が、どんどん大きくなる。
「生きてるよね、生きてるんだよね」
「はい。脈もありますし、呼吸も。魔力の流れも、もう正常にまで回復しています」
ルリーちゃんの……エルフ族の"魔眼"なら、相手の体内に流れる魔力の様子を見ることができる。
ルリーちゃんが言うには、ラッヘの魔力はもう元通りだと。
魔大陸では魔力が回復しにくいとはいえ、五日間も寝たきりであれば、回復もする。体も動かしてないんだから、力を消費することもない。
魔力が空っぽになった結果気絶したんだとしたら……
「魔力がもとに戻ったら、起きると思ったんだけど」
結果として、ラッヘは眠ったままだ。
回復魔術を使っても、回復魔術で治せるのは表面上の傷だけ。ある程度の傷が自然治癒したところで、私は回復魔術を使った。
傷は、もう全部塞がっている。なのに、目を覚ます気配もないのだ。
「ラッヘも心配、みんなも心配……どうしたもんかな」
ラッヘが起きなきゃ、ここから移動できない。
ここから移動できなければ、みんなの安否を確認することもできない。
まさに、行き止まりって感じだ。
『契約者よ』
「クロガネ?」
ふと、頭の中にクロガネの声が響いた。
契約を結んだモンスターとは、召喚しなくても頭の中で会話することができる。
『汝の考えていることは、ワレにも伝わる。なので、提案があるのだが』
「提案?」
『契約者が元々暮らしていた国。そこに残してきた者たちが、心配なのだろう?』
「うん、そうだよ」
『ならば、まずはワレが契約者だけをその国へと運び、ワレだけまたこの地に戻ってくるというのは、どうだ?』
「……」
クロガネの提案は、こうだ。
ラッヘが目覚めてみんなで帰るんじゃなく。まずは私だけ、先にベルザ王国に帰る。
ここからベルザ王国までどれくらい距離があるかはわからないけど、クロガネに乗せてもらえばそんなに時間はかからないはずだ。
その後、クロガネだけまたここに戻ってくる。そしてラッヘが目を覚ましたら、ルリーちゃんとラッヘと一緒に帰ってくる。
「その手もあるか。わざわざ、みんなで一緒に帰る必要はないもんね」
『うむ。どうか?』
なるほど、クロガネの提案は合理的だ。
少し前までだったら、私はその提案は即拒否していただろうし、クロガネも提案しなかっただろう。
だって、私やクロガネがいなくなったら、この地にルリーちゃんを置いていくことになる。
魔族という未知の相手が住むところに、ルリーちゃんと眠ったままのラッヘを置いていくなんて……と。
だけど、少なくともいつも看病に来てくれるガローシャは、信用してもいいのだと。そう思えた。
それに、この部屋にはガローシャと、たまにガロアズしか顔を出さないし。
信用できる相手もいるところなら、安心して任せられると思ったのだ。
でも……
「ありがとうクロガネ。私のためを思って提案してくれたんだよね。でも……」
『……うむ、わかった』
私がなにを言うよりも先に、クロガネは理解を示してくれた。
私とクロガネは契約で繋がっているから、なにも言わなくても考えも伝わっているのだ。
私は、確かにみんなのことが心配だ。でも、心配しているのは、私だけではない。
ルリーちゃんだって、みんなが心配なはずだ。
それなのに、心配しているルリーを残して私だけ、先に帰る? そんなことは、できない。
それに、ここが信用できる場所だとは言っても……私がいなくなったら、ルリーちゃんは心細くなってしまう。
ラッヘは眠ったまま。ガローシャとは特別仲がいいわけじゃない。クロガネとは言葉が通じない。
そんな環境に、ルリーちゃんを残していくわけには、いかない。
「さて、と」
「エランさん?」
私は、立ち上がる。それから、部屋の扉へと向かう。
不思議そうにしているルリーちゃんに、私は言う。
「エレガたちのところに、行ってくるよ」
「!」
あいつらは、相変わらずだんまりだ。食事だけは、とりあえずとっているらしいけど。
食事といっても、魔族たちの食べ残し……残飯ってやつだ。
捕まえてもなにも喋らないから、なにも食べずに飢え死にしちゃうんじゃないか、なんて思っていたけど、食べるのは食べるんだよな。
あいつら、死ぬつもりはないってことか。
「大丈夫ですか?」
「うん。ラッヘをお願いね」
これで、あいつらのところに足を運ぶのは何度目だろう。
眠ったままのラッヘの様子をルリーちゃんに任せ、私は部屋を出た。
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