421話 魔族の姫様
私は、ルリーちゃんとラッヘになにかしようとする魔族を前に、ついカッとなって我慢できなかった。
魔族の一体に蹴りを入れ、もう一体にも蹴りを打ち込んだけど、通用せず。
ふっ飛ばした方も、どうやら効いていなかったらしい。
魔族を相手にするのさえ、昨日今日の話なのに。ニ体を相手に……それも、今の私は体力魔力諸々がもう限界だ。
これはちょっと、いやかなりまずいかもしれない。
「人間なんざ殺しても、なんの得にもなりゃしねぇが……まあ、死んどけや!」
私の蹴りで吹っ飛んでいた魔族が、私を睨む。
青紫色の肌に、真っ赤な瞳。人型だけど耳が大きく伸びて、背中には真っ黒な翼が生えている。
鋭い爪を伸ばし、私との距離を詰める。
こんな、直線的な攻撃……
「……っ」
後ろに飛んで避けようとしたけど、がくん、と膝が曲がる。
しまった……今までの疲労が、足に来た。動こうとしたら、体勢を崩してしまった。
「ちぃ!」
「うわっ!」
その直後、私の目の前……さっきまで私の顔が会った場所を、鋭い爪が抉り通る。
もし、体勢を崩してなかったら、あの爪にやられていたかもしれない。
普段の私なら、いくらでも対処できたけど……今の私には、取れる選択肢が少なすぎる!
「避けたか。運の良い野郎だ」
「はぁ、はぁ……!」
おまけに、ただ避けただけなのに息があがっている。
これ、本格的にやば……
「もう息あがってんじゃねぇか!
じゃあ苦しまねぇように一刺しにしてやるよ、俺はやさし……」
「はいぃ!」
「ぃべぐぉ!?」
私を前に、舌なめずりをしていた魔族……が、いきなり横っ飛びに消えていった。というかぶっ飛んでいった。
今の……魔族の顔面に、蹴りがめりこんでいた?
いったい誰が魔族をふっ飛ばしたのか。その正体は、私の隣に並んで立った。
「大丈夫ですか、エランさん」
「……ガローシャ」
そこにいたのは、魔族のガローシャだった。
私たちがここに来ること、これから戦争が起こることを予想……いや未来予見していた、魔族の女性だ。
多分、この
その立場については、詳しく聞くことはなかったけど。
「えっと……今の、あなたが?」
「はい。お恥ずかしいですが」
照れたように笑うガローシャだけど……
いや、吹っ飛んだ魔族塔の壁にめり込んじゃってるけど。上半身埋まって、腰がぴくぴく動いてるけど。
そしてもう一人の魔族は、唖然として固まっている。
「……助けてくれたの?」
「そのように恩に着せるつもりはありませんが、結果的にはそうなりますね」
私は、なんとか立ち上がる。
膝が震えているけど、大丈夫。まだ立てる。
「私が巻き込んでしまったようなものなので。これくらいは」
確かに、ガローシャの未来予見で、戦争が起こってそこにエレガたちが介入してくることを知れた。
あいつらには、聞きたいことがある。だからとっ捕まえてしまわないと。
……なんか、ガローシャたちを放って逃げようとした自分に罪悪感感じてしまうな……
助けてもらった形になったわけだし。
「なんかごめんよ……」
「? どうして謝るんです?」
「なんだてめぇ……人間と仲良くやって、正気か!?」
相手の魔族が、私とガローシャの関係性を見て、叫ぶ。
まあ、事情を知らない魔族からしたら当然だよな……魔族しかいない魔大陸に、人間がいること自体意味分かんないだろうに。
その人間と、魔族が仲良くやっている……ように見えているんだ。
……仲良く見えるのか?
「我々が滅ぼされないためなら、誰とでも手を組みます」
「ちっ、魔族の面汚しが!」
凛とした姿勢で答えるガローシャに、魔族は飛びかかる。
姿は、さっきふっ飛ばされた魔族とうり二つ。けれど、今度は私ではなくてガローシャに狙いを定めている。
両手から爪を伸ばし、その鋭い爪でガローシャを切り刻もうとしている。
「……遅いですね」
でも、その結果にはならなかった。
ガローシャは、いつの間にか魔族の背後に立っていた。次の瞬間、魔族は全身から血を吹き出して、倒れた。
……今、なにが起こったんだ?
魔族に襲われそうだったガローシャが、いつの間にか魔族の背後に回り、そして魔族は……
「……ガローシャ、あなた、強いんだね」
「そんなことはありませんよ」
振り向き、照れたように笑うガローシャだけど……
いやいやいや、全然そんなことあるでしょう。なんだよ今の。
本調子とは程遠いとはいえ、私でもびくともしなかった魔族が、一瞬で……おい、瞬殺だよこれ。
しかも、ニ体をだ。
見た感じ、おとなしめのお姫様って感じなのになぁ……人は見た目によらないよ。
人じゃないけど。
「それで……そちらのお二人は」
「そうだ! ルリーちゃん! ラッヘ!」
私はすぐに、倒れている二人に駆け寄り、抱き上げる。
口元に、手をかざす。……息は、している。
うん、大丈夫。二人とも、生きてる。
「気絶してるだけみたい」
「そうでしたか。それは、なによりです」
ルリーちゃんはほとんどの、ラッヘはすべての魔力がなくなっている。
その理由はわからないけど、二人とも生きてる。
ルリーちゃんは暴走していたけど、気絶しているおかげでそれは止まったみたいだ。
そして、止めてくれたのは……おそらくラッヘ。
起きたら、ちゃんとお礼を言わないとね。
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