369話 モンスターとの会話
私だけに聞こえた声……それは、おそらくドラゴンのもの!
二人には聞こえないみたいだ。なんで私にしか聞こえないのかはわからないけど、そんなことはどうでもいい!
「待って、二人とも!」
気づけば私は、二人に対して待ったをかけていた。
当然、二人は不思議そうな表情を、浮かべている。
「なんだ、早く対処しねえと、また暴れ出すぞ」
「エランさん?」
ラッへは苛立ちげに、ルリーちゃんは不安げに私を見ている。
その気持ちも、当然だ。逆の立場だったら、私も似た反応をするかもしれない。
ただ、私自身、どうして二人を止めたのか……二人を止めてどうしたいのか、わかっていない。
「あのドラゴン……多分、苦しんでる」
「あぁ?」
私の言葉に、ラッへはわかりやすく眉を寄せた。
ルリーちゃんも、控えめだけど同じだ。
「あのね、こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど……
聞こえたの、ドラゴンの声が。頭の中に」
「はぁ?」
「苦しい、痛い……そんなことを、言ってる」
「はぁ!?」
どうして私だけにドラゴンの声が聞こえるのかとか、なんでドラゴンが苦痛を感じているのかとか……そんなことは、わからない。
わからないけど、このままにしておけないと、思った。
「てめえ、ついに頭わいたか?」
「言い方」
相変わらずラッへの、私に対する態度は刺々しいけど……
もう慣れるしかないよね。
それから私は、ドラゴンを見上げる。
「おかしいよね、ドラゴンの……モンスターの声が聞こえるなんて。こんなこと、一度もなかったのに」
ドラゴンを果たして、モンスターという枠組みに当てはめていいのかは、わからないけど。
「いえ、モンスターと会話をする、ということ自体は、おかしなことではないですよ」
「へ、そうなの?」
「はい。聞いた話だと、使い魔とその召喚主は、頭の中で会話が成り立つ……とか。
私には使い魔はいませんから、確証はないですが」
「へぇえ」
使い魔となら、会話できるのか……知らなかったな。
あぁ、いや、どうだっけ……師匠は、使い魔とならば意思を通わすことができる、的なことを言っていた気がする。
ただ、その話が本当だとして……別に、私とドラゴンはそんな関係じゃないんだけど。
……まあ、いいか。
「で、てめえにはドラゴンの声が聞こえて、だから助けたい……そういうことかよ」
「まあ……そういうことだね」
いずれにしろ、声が聞こえてしまった以上、無視することはできない。
だから私は、ルリーちゃんに……
「お願いルリーちゃん。魔術を解いて」
こう、頼んだ。
「っ……そ、それは……」
「おい、勝手に……」
「二人は、その子を連れて離れてて。責任は私が取るから」
責任、なんて大げさだ。要は、私を置いて二人は安全なところに隠れてて、というだけだ。
もしも私の思い違いで、ドラゴンが暴れて……私が殺されたら、次はすぐに二人に襲いかかるだろう。
そんなの、責任なんてかっこいい言葉じゃない……私に命を預けてと、根拠のない言葉を並べただけだ。
「……わかりました」
「おい!」
「でも、私は逃げません。エランさんと、ここにいます」
ルリーちゃんは、私の言葉にうなずきつつ、私の言葉には従わないという。
離れずに、ここにいたままだと……そう、私の隣に並んだ。
「ちっ……勝手にしろ。
だが私は、ドラゴンが暴れればすぐさま逃げるからな、てめえらを囮にして。
いや、そもそも最初からそうすりゃよかったんだ」
「あはは。じゃあ、せめてその子も一緒に……」
「連れてくかよ」
ラッへは、相変わらずだ。
ルリーちゃんはここに残り、ラッへは子供を連れて逃げる選択をしない以上、この子もここに残ることに……
こうなったら、一人でも、離れたところにいてもらおう。
「悪いけど、ちょっと離れてて。ドラゴンが暴れ出したら、私たちのことは気にせず、逃げていいからね」
「う、うん」
……これでよし、と。
子供が離れて、崩壊した家の影に隠れたのを確認し、私とルリーちゃんは向き合い……お互いに、うなずいた。
ルリーちゃんは、杖をドラゴンへと向け……その魔術を、解く。
ドラゴンを覆っていた黒いモヤ、それが晴れていく。私とルリーちゃんは緊張に冷や汗を流し、ラッへはいつでも逃げられるよう準備している。
やがて、ドラゴンの顔も、露わになった。
「ドラゴンさん! 私の声が聞こえる!?」
なんと、話せばいいのだろう。まずは、意思の疎通ができるかどうかだ。
ドラゴンの声が私に聞こえても、私の声がドラゴンに聞こえなければ、会話は成り立たない。意思を通わせることはできない。
そもそもの時点で、賭けだ。
「私には、あなたの声が聞こえた! 苦しい、痛いって言ってたよね! もしかしてどこか、怪我してるの!?」
ルリーちゃんの魔術は、感覚を封じる力を持つ。
そこに、苦痛を伴うものはないはずだ。なので、ルリーちゃんの魔術で苦しんでいたわけではない、と思う。
となれば、それ以前から、どこかに怪我をしていたと、考える。
あのドラゴンは、悪意あって暴れていたんじゃなく、苦痛から暴れざるを得なかったんじゃ……
……あれ? そもそもドラゴンに敵意を向けたのって、私たちのほうじゃない……? しかも、暴れるってほど暴れてたっけ……?
『……ニンゲン、ワレノコノバガ、ワカルノカ?』
「!」
すると……頭の中に、またも、声が聞こえてきた。
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