第273話 よくわからない獣との戦い



 なんだかよくわからないが、わかっていることをまとめると、あの獣は魔法を吸収して、その魔法の属性の色に体が変色して、吸収したのと同じ魔法を跳ね返す。その上、精霊さんの力が弱まってて魔術が使えない。

 うん、わからん!


 とにかく、魔物どころか魔獣にもない特徴だ。少なくとも、私は今までこんな特徴の魔獣に会ったことがない。

 それと……今は赤いけど、現れたときには真っ白な体だったのも、気になる。


「白い、魔獣……」


 思い出すのは、全身が白い魔獣のこと。これまで、ルリーちゃんに聞いたり、私も直接対峙したことがある。

 普通の魔獣とどこか違う。レジーも操っていたように、もしかしたら誰かが操っているかもしれない。


 それが、白い魔獣……? でも、それと同じ系統だとしたら、この獣だけ魔術が使えないってのも変な話だもんな。


「っ、やば……」


 ふと、視界が揺れる。バランスを崩してしまい、だけど倒れる前になんとか踏ん張る。

 痛みや出血は止めているけど、腕を千切られたショック自体は消せないし、すでに出てしまった血も戻せない。


 今のは貧血だろうか。できれば、ゆっくり休んで体力を回復させたいものだ。

 目の前の獣が、そうさせてはくれなさそうだけど。いや、私がそうはさせられないのか。


 放置しておけばガルデさんたちを追いかけるかもしれないし、腕も返してもらわないといけない!


「グルルルァ……」


「! そっちじゃ、ないよ!」


 獣の視線が、私から外れて……走り去っていったガルデさんたちの方向へ向く。もう姿は見えないけど、この獣の速さならすぐに追いついてしまうだろう。

 そうはさせない。私は地面に手を当て、魔力を練り上げる。


 獣の向く先に地面を盛り上げ、地面の壁を作る。

 これでとりあえず、私だけに集中させることにする……!


 地面の壁を見上げ、何度か体当たりしていた獣はやがて諦めたかのように私へと視線を戻す。よかった、剣でも斬れないほどの硬度の角を持っていたけど、体までそれほど硬いわけじゃない。

 私をにらみつけている。もしかして、術者である私を倒したら壁が壊れると思っているのか。


 それは、正解だけど……


「ゴジャアアア!」


「また吐いた!?」


 再び、炎が襲う。私の魔法と同系統の威力だけど、私が撃ったのが火の玉で獣が吐いたのは火炎放射……随分印象が違う。

 私は再び、魔力防壁を展開。自前の魔力で防壁を強化できる以上、この壁はまず破られないだろう。


 その間にも、なんとか逆転の糸口を……


「ガルルル……!」


「ん……!?」


 火炎放射が止まり、獣は諦めたのかと思いきや……八本もある足の爪が、鋭く伸びる。そして、駆け出した。

 防壁を展開したままの私に突進してくる。このまま、ぶつかってしまうのがオチだと思ったけど……



 ザクッ!



「うそぉ!」


 助走をつけた獣、その足が振るう爪は、防壁を切り裂いた。あっさりと、一切の拮抗すらもなく。

 一部とはいえ切り裂かれれば、防壁はもう意味を成さない。周囲にヒビが広がり、バキンッと割れた。


 獣は二つある口から獰猛な叫びを放ち、私の喉笛に食らいつこうとしている。もちろん、そんなことはさせない。

 足のみを魔力で身体強化し、素早く後ろに飛ぶ。私がいた場所に着地した獣は、勢い余ってそこにあった大岩に噛みついた。


 大岩は粉々に噛み砕かれる。あれが自分の頭だったらと思うと、ゾッとする。


「っ……」


 魔力制御の効かない状況で、距離を詰められたら大きな魔法は使えない……なんて思っているのか。

 けど、全身を魔力強化すれば見えない鎧を着ているみたいになって、防御力も上がる。


 ……なんて、獣が考えているはずもないか。


「おりゃ!」


 さっきは魔法を吸収されて驚いたけど。吸収は厄介だけど、吸収には必ず限度がある。それは、わかっていることだ。

 ならば、たくさんの攻撃を浴びせればいい。今度は、さっきよりも威力は小さいけど複数の火の玉を、獣に放つ。


 放った火の玉は、やっぱり同じように吸収されてしまうけど……その度に、獣の体が赤くなっていく。どんどん、魔法を吸収するのと比例して赤くなっていく。

 いったい、あの体はどうなって……



 ボゥンッ……!



「ぅあ……!」


 あ、しまった……! 魔導を制御できてない状態であんなに魔法撃ったもんだから、暴発した……!

 放った魔法が、自分のすぐ目の前で爆発し、その衝撃が自分にも跳ね返ってくる。魔力強化して全身の防御力を上げているため、たいしたダメージはないけど、視界が塞がる。


 まずい、魔力の暴走を計算に入れてなかった! 私のバカ……


「ダァアアアア!」


 聞こえる、獣の叫び声。爆煙の中に突っ込むようにして、私に突進してくる。それはさっきと同じ行動だけど、今私に向けているのは鋭い角。

 剣さえも傷一つつかない角だ、あんなのに刺されたらヒーダさんの二の舞だ!


 さっきのように後退しても同じことの繰り返し! なら……


「分身魔法!」


 その場に、もう一人の私を作り出す。それを囮に、私は飛び退く。

 分身を本体だと勘違いした獣は、角を分身に突き刺す……けど、今回作ったのは幻影系の分身だ。実体はない。


 角は突き刺さることなく、すり抜けて……獣は、刺した実感がないことに疑問を浮かべているようだ。

 やっぱり、獣は獣の……!


「これなら、どうか……せいや!」


 近くにあった木を登り、獣の上空へと飛び出る。私は、足先に魔力を集中。

 空中で前転し、落下の勢いを加えて……魔力のこもった踵落としを、獣の頭に打ち付ける。もちろん、角が折れている方の、だ。


 メキメキ……となにかが折れる音がした。

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