第269話 おかしな前触れ
「せいや!」
振り下ろされた刃が、獣……魔物の体を切り裂いていく。「ギャオォ」と痛みに悶える魔物は、そのまま息を絶った。
そうやって、周囲に転がっている魔物の死体は……一体や二体どころではない。もはや十に届く数だ。
その数を確認し、剣についた血を払い……ガルデさんは、ため息を漏らす。
「ったく、多すぎだろ魔物の数。どうなってんだ」
さすがに疲れが見えているのだろう。けれど、弱みを見せないのはもしかして私がいるからだろうか。
ケルさんもヒルダさんも、同様だ。ただ、完全に疲労を隠せてはいない。
私は今、Bランク冒険者のガルデさんたちと行動を共にしている。その理由こそ、この魔物たちだ。
『またギルドから依頼があってな。すまないが、冒険者の方に同行してもらえないか』
その話があったのが、今朝。もうお昼を過ぎているから、かれこれ数時間は魔物退治を行っている。
以前のダンジョン探索のときのように、冒険者ギルドからの依頼を受けて、白羽の矢が立ったのが私というわけだ。
私も、今回行動を共にするのがまたもガルデさんたちだと聞いて、快く引き受けたわけだけど……
「最近増えてる、魔物討伐の依頼……そうとは聞いていたけど、確かに多いね」
魔物討伐の依頼自体は、そう珍しくもないみたいだけど……問題は、その数だ。
今は目撃情報の多い森の中にいるわけだけど、森の中だけでこんなに魔物と出くわすなんて。
普通、魔物を見かけても周囲にいるのはせいぜいが二、三体。いたとしても、魔物には仲間意識なんてあるはずもなく、互いを認識するや共食いを始める。
なんせ、魔物には魔石の魔力が溜め込まれている……魔物は魔石を好むから、魔物にとって魔物は大好物だ。
だから、魔物は群れを成さない。それなのに、こうもあちこちに魔物を見かけるのが異常なんだ。
しかも、魔物を放置しておけば、さらに魔石を食べて魔獣になりかねない。なので、見つけた時点で早い対処が必要だ。
「ただでさえ魔物ってやつは、骨が折れるってのに」
「けど、前に戦ったのよりはだいぶ楽だよな」
「あぁ。なにより、エランちゃんがいる」
「えへへぇ、どうもどうも」
今回はどうやら、冒険者ギルドを通してガルデさんたちからの要請だったらしい。なんと、魔物退治に私を指名してくれたのだ!
ダンジョンのときの活躍が、素晴らしかったみたい。えっへへへぇ。
ガルデさんたちは冒険者だし、魔物とやり合うこともあるだろうけど……今話したのが、そのダンジョンでの魔物のことだろう。
ただ、ダンジョン魔物に比べてこの魔物たちが楽、というよりは……この魔物たちに比べてダンジョン魔物が手強かった、のほうが正しい。
あれは、魔物の中でもまた異質な感じがした。
「しっかし、今回のことといい、以前ダンジョンでのことといい、エランちゃんマジで冒険者にならないか? そしたらぜひウチにほしい」
「ほしいってなんか照れちゃうね」
私の力を認めてもらえているのは、とても嬉しいことだ。
でも、最近の私は負け続きだ。だから、褒められても自惚れるようなことはしない。
自分を鍛え直す。そういった意味でも、今回の魔物討伐に参加したんだけど……
「ま、半分冗談は置いといて、だ。魔物の数も異常だが、なにより……」
「国内に魔物が出てくるのがおかしい、ってことだよね」
ガルデさんが、話を切り替える。なんか、半分冗談ということは半分本音だという意味にも聞こえるけど、今はスルーしておこう。
それよりも、問題なのは今ガルデさんが言おうとしたこと。
その先を続け、その通りだと言わんばかりにガルデさんはうなずく。
本来、魔物は国の中には出てこない。国内ではモンスターはちゃんと調教されていて、モンスターが魔物になってしまうことはまずない。
また、外から入り込んでくることもない……これだけの数なら、なおさら。
「俺らも、魔物討伐の依頼を受けたことがあるのは、国の外での話だ。国内に魔物が出たなんて聞いたこともない」
「そういや、こないだ魔獣が出てちょっとした騒ぎになったみたいだな。俺たちは外に出てたから見えないんだが」
国内には魔物は出ないはず。でも、今回のは間違いなく魔物だ。なぜか、国内に出てきた魔物。
それに、なんだか胸騒ぎがするのは……私の、気のせいだろうか。
「なんでも、その現場にエランちゃんもいたんだって?」
「え、あぁうん……一応ね。魔獣を倒したのは、先生たちだし」
「けど、前に学園に魔獣が出てきたときは、エランちゃんが倒したんだろう? 短期間に魔獣に複数会って無事とは……やっぱりすげえよ」
言われた通りに、考えてみれば私よく魔獣と遭遇しているなぁ。普通に暮らしてたら、一生に一度会うかどうかって確率なのに。多分。
……もしかして、今回の件もレジーが関わっているんじゃ……いや、レジーは地下の牢屋の中だ。それは無理か。
ただ、こうして急に魔物が出てきたのが、本当に無関係かとも……思えないんだよなぁ。
「さて……他に魔物はいねえか?」
「妙な気配は感じねえが……油断するなよ」
魔物の討伐……討伐する数がわかっていれば、楽なんだけど。残念ながら、数は未定だ。
現れた魔物の討伐、それが依頼内容。その依頼に、数や背景なども調べられれば調べるようにと付け加えられていたらしい。
とはいっても、こうなった原因も、残っているのかいないのかもわからない魔物の数も……どうやったって、突き止めようがない。
わかることがあるとすれば……おかしなことが起こっている、だ。
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