第230話 その髪と目の色



 魔力の感知できないルランは、無抵抗となったレジーへの追撃をやめない。

 視界が封じられ、魔力も感じられないとなれば、次はどこから攻撃が来るのかまるで読めない。だから、抵抗もできなくなってしまう。


 視界を封じる魔術と、魔力を感じさせなくするダークエルフの能力……これは、強力な組み合わせだ。

 このままであれば、ルランの圧倒で終わる。そのはずだ。


 けれど……なんだろう、この言いようのないモヤモヤ感は。


「とどめだ!」


 そう考えている間にも、ルランは剣を構える。今まで殴る蹴るばかりだったものが、鋭利な武器へと変わり……その言葉通り、それでとどめをさすつもりだというのが、わかった。

 ただでさえ、剣。しかもその剣は、触れたものの魔力を吸い上げるものだ。それをその身に受ければ、ひとたまりもないだろう。


 ルランは躊躇することなく、切っ先をレジーへと向けて……彼女の腹部へと、突き刺した。

 その光景に、私はたまらず目をそらしてしまう。


「っ、かはっ……」


「どうだ、これで……」


 あれだけ攻撃をかわしていたレジーも、これだけのことをされてはもう動く余力もないだろう。

 口から、刺した腹から、ぽたぽたと赤い血が流れて……


「……きひひっ、つーかまえた」


 レジーの腹に刺さっていた刀身が、掴まれた。他ならないレジーの手によって。


「なっ……」


「これなら、逃げられないよねぇ?」


 ……それは、寒気がするくらいに恐ろしい光景だった。

 目は見えない、魔力も感じられない。相手の位置を探る手段はない……ならば、相手を捕まえてしまえばいい。その確実な方法として……レジー、自分の体を刺したルランを、捕まえた。


 刺されたという感触が残っているなら、刺された箇所には相手が居るってことだ。その先に手を伸ばせば、相手を捕まえることができる……

 でも、そんな方法……自分の身を、犠牲にするような方法……


「いかれてる……」


「そうかなぁ? ま、アンタが私を殺すつもりでぶっ刺して来たらわかんなかったけど……

 アンタ言ったろ? すぐに殺しはしない、みんなと同じ痛みを与えて殺すってさ」


「!」


 殴られただけじゃ、相手の位置は正確にはわからない。けれど、剣に刺されれば確実に、相手がその先に居るとわかる。それでも、相手が本気で殺す気であれば、結果はわからなかった。

 だけどレジーは、ルランを信用した……お前をすぐには殺さないという、ルランの言葉を。


 敵の言葉を信用して、死ぬかもしれない一撃を受ける……それしか方法がないにしたって、そんなの……!


「ルラっ……」


「っ、だが、お前の魔力はいただくぞ……!」


 刀身を掴まれ、ルランは動けない。だけど、刀身に触れている以上、レジーの魔力は吸い取られているはずだ。

 そうである以上、いずれはレジーの魔力は尽きる。体力だって。これは、ただの時間稼ぎ……


「そうか……なら、試してみろや」


「っ!?」


 その瞬間、膨大な魔力がレジーからあふれる。意識的に、魔力を解放しているんだ。

 こんなに、魔力を秘めていたのか……いや、でもたとえどれだけ魔力があっても、あの剣の前じゃあ……


 だけど、ルランの表情は固い。なぜ……その疑問は、すぐに答えが出ることになった。

 ピシっ、と……音がした。さっき聞いた、なにかにひびが入ったような音。そしてそのなにかは、考えるまでもなく……


 ルランの、剣だ。


「ま、さか……」


「ほらほら、全部吸い取ってみろぉ!」


 困惑するルラン、その間も魔力の放出は止まることはなく……ついに、パキンっ、と音を立てて、砕けた。

 ビームみたいな刀身だったけど、砕けたその音は普通の剣と、同じだった。


「剣が……砕けた……!?」


「そういう、魔力を吸い取る類いの魔導具は、許容量以上の魔力を注ぎ込めば壊れるってのが、定石なのさ」


 刀身が砕けたことで、レジーの身も自由に。驚いているルランは、お腹に蹴りを入れられてしまい、強制的に距離を取らされる。

 まさか、あんな強引な方法でピンチを脱するなんて……


 ……確かに、魔力を吸収、測定するようなものは、それが許容できる魔力を超えると壊れてしまう。それは、ゴルさんとの決闘で使ったピア先輩の作った魔導具『魔力剣マナブレード』、組分けのときに使われた魔導具水晶。

 思い返せば、どちらも私は似たような魔導具を壊しているから、よくわかる。まあ、後者はヨルもだけど。


 まあ、そんなわけで。ルランの使っていた剣も、同じ方法で壊されてしまったということだ。


「だからって、アレを破壊するような、バカみたいな魔力を持つ者がいるなんて……!」


 ルランも、それは予想外だったんだろう。ただ、バカみたいな魔力って……なんだか自分のことを言われているみたいで、複雑だなぁ。

 でも、だ。魔力を吸い取る剣は壊されたけど、レジーに深手を与えたことに違いはない。


 そう思って、レジーの方を見てみると……


「傷が……ない……?」


 お腹を、刺されたはずだ。なのに、傷が見当たらない。服に血はにじんでいるけど、その奥に傷と思わしきものが見当たらない。

 私の見間違いか? それとも、傷はあるのに"傷がなくなった"ように認識されているだけ? いやでも、そうする理由なんてないし……


 ルランも、やっぱり驚いている。本当に傷がなくなっているのか。

 回復魔術で、気づかれないうちに超早く治したとかかな?


「なに驚いてるんだよ、アンタならわかるだろ」


「……?」


「アンタだよアンタ、エラン・フィールド」


「! え、私?」


 急に、話しを振られて、混乱してしまう。いや、わかるだろって、なにがだよ。わかんないよ。

 レジーは服を捲り、お腹を見せる。やっぱり、傷はない。


「そうさ。あ、それともすかしたふりでもしてんのかね」


「……なにを、言ってるの?」


「アンタも似た量の魔力は持ってんだろ。それだけの魔力量があれば、自然治癒くらいわけはない。

 その髪と目の色が、それを証明してる」


 レジーがなにを言っているのか、わからない。思い返せば、わからないことだらけだ。

 私と戦う気はないって言ったり、エレガたちの仲間じゃないのかと言ってみたり……私を知っているような、知らないような言い方だ。


 この人は……なにを、知っているの? 私は、この人に見覚えはない。向こうが、私を一方的に知っているのか……私の、記憶がない期間に会ったことがある人?


 それとも……この髪と、目に……なにか、あるの……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る