第227話 執念と困惑



 ダークエルフに、人間……対立する二人の温度差は、かなりあるように見える。いや見えるじゃなく、実際にそうだ。

 一方は相手を今にも噛み殺そうとする勢い。一方はそんな敵意を向けられていながら余裕綽々。


 正直、この二人の間に入るのはかなり勇気がいる。


「そんな怒んないでってばー、アタシがアンタに、なにかした?」


「あの魔獣を操っている、それで充分だ」


「ふぅん」


 ダークエルフの故郷を襲った魔獣、その同系統のものが今、向こうで暴れている。

 その魔獣を操っている以上、ランノーンがダークエルフが滅んだ件に関わっているのは確実だ。ルランには、ランノーンを斬る理由がある。


 ランノーンもまた、ルランを……ダークエルフをおびき出すために、あの魔獣を呼んだ。その理由は、生き残りを消すため………

 だからお互いに、引く理由はないのだ。


「安心しろ、すぐに殺しはしない……俺たちの故郷を、仲間を、すべてを奪った貴様たちを、全員見つけ出し、みんなと同じ痛みを与えて殺す」


「おー怖。やれるもんなら……」


「やるさ」


 構えるルランの目には、憎悪があった。憎悪の感情が、ルランの緑色だったはずの瞳を、黒く黒く染め上げているように見えた。

 相対しているのは私じゃないのに、寒気がする。


 そんな敵意を受けても、表情一つ変えないランノーンは……なんか、余裕を通り越して不気味だ。


「あの魔獣を呼び出しても、出てきたのはアンタ一人。けど、この国にはもっとダークエルフがいると思うんだよね。

 だからさぁ……アンタの首を掲げれば、他の奴も出てこざるを得なくなるんじゃないかなって!」


「! それこそ、やってみろ!」


 それは挑発か、それとも本当にそうするつもりなのか。苛立つルランは、ランノーンへと突っ込む。それも、先ほどよりも速い。

 どうやら、魔力で足を……いや、全身を強化しているみたいだ。身体強化魔法を、全身に纏わせている……やはり、エルフ族は魔力の扱いに長けているのか。


 ルランの速度が上がり、剣を振り回す速度も上がる。あのときのダルマスのように、足から手へと、身体強化魔法を部分移動してはいない。

 猛攻が、全体的に激しくなる。


 それを、ランノーンは……


「っ、当たらない……!?」


 驚愕するルラン。その手に握る剣は……ランノーンへと、触れてはいない。触れる寸前で、弾かれている。

 まるで、見えない壁でもあるかのように。


 魔力防壁だろうか。だが……


「ならば、魔力が切れるまで打ち続けるだけだ!」


 ルランは、何度も何度も剣をぶつける。見えない壁へと。

 ルランの剣は、触れたものの魔力を吸い取る。それはどうやら、相手に直接触れないでもいいらしい。ランノーンが展開した魔力防壁、それに触れることでランノーンの魔力を吸い取る。


 そうすれば、いずれはランノーンの魔力が尽きるはずだ……


「……っ、手応えが、ない……?」


 でも、ルランは困惑の表情を浮かべた。そしてつぶやくのだ、手応えがないと。

 多分、触れたものの魔力を吸い取る際、魔力を吸い取る感覚のようなものがあるのだろう。でも、今はそれがない。


 つまり、ランノーンの魔力が吸い取れていない……


「魔力防壁じゃない……?」


「関係、ない!」


 ランノーンの身を守っているものは、魔力によるものではない。少なくとも、ランノーン自身の魔力では。

 けれど、ルランは関係ないと叫び、剣を打ち込んでいく。なにが相手でも、ルランは引くつもりはない。


 その気持ちが強くなっていった結果か……ピシッ、という音とともに、なにも見えない空間にヒビが入る。


「おっ……」


 それを見て、ランノーンが初めて驚きの表情を見せた。ヒビが入ってことは、ルランの猛攻が通じているってこと……

 本当は、楽々防げるつもりだったんだろうか。


 気のせいか、ルランの剣の刀身……ビームのようなそれは、出力が上がっているように見える。

 これ、私いらないんじゃね?


「砕けろ……!」


 見えない壁に、確かにヒビが入り……それは、バリィンと甲高い音を立てて、砕けた。

 ルランの執念が、ランノーンの力を上回った。


「これで……

 ……っ!?」


 終わりだ、と。剣を振りかぶり、目前のランノーンへと振り下ろそうとしたそのとき……ルランの動きが、止まった。

 いや、それだけじゃない。表情にも、変化が……今まで怒りで塗りつぶされていた表情には、今困惑が浮かんでいる。額には、汗まで流れている始末。


 まるで、見てはいけないものを見てしまったよう。だけど、私にはなにが起こっているのかわからない。

 ルランはなにを……


「リー……サ?」


「え……」


 確かに、ルランの口から聞こえたその名前は……私の、知っているものだった。

 もしかして、リーサが近くにいるのかと思い、周囲を見回してみるけど……誰も、いない。


 どういうこと? なんでルランは、ランノーンの顔を見てリーサなんて……

 ……顔を、見て?


「もしかして、リーサに見えているの?」


 ランノーンは、自分をダークエルフとして周囲に認識させていた。つまり、人から見た自分を別人のものへとずらすことができる。

 ってことは、今、ランノーンは……ルランに対して、リーサの顔であると認識させているってこと?


 そもそも、なんでランノーンは、リーサの顔を知ってるんだ? ダークエルフは似た特徴の人が多いとはいえ、別人ならばルランがリーサの顔を見間違えるはずがない。

 ルランが見ているのは、間違いなくリーサの顔だ。じゃあ、どこでリーサの顔を知ったのか? 知らなければ、認識させることはできないだろう。


「っ……」


「あはっ、隙ありすぎ」


 今までの猛攻が嘘ではないかと思える、ルランの隙……それを、ランノーンが見逃すはずもなく。

 ルランの腹部に、ランノーンの膝が打ち込まれた。

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