第207話 半分



 ノマちゃんと再会して、受けた検査の内容を教えてもらうタイミングで。部屋の中に入ってきたのは……

 明らかに子供な、ぶかぶかな白衣を着た女の子だった。


「マーチ……なんて?」


「マーチヌルサー・リベリアンだよぉ。あ、気軽にマーチでいいよぉ」


「はぁ……」


 ここは王の間で、ここには王様までいる。だというのに、なんだこの気さくさは。

 王様は、この子を研究員って言っていたけど……とても、そんなすごい人物には見えない。


 と、他の人の反応が気になり、隣を見てみると……なぜか、ノマちゃんが小刻みに震えていた。


「ま、マーチヌルサー・リベリアンって……あの、マーチヌルサー・リベリアンですの!?」


「知っているのかいノマちゃん」


「えぇ! いや、むしろフィールドさんは知らないんですの!?」


 やたらと興奮した様子のノマちゃん。この口振り……有名人ってことかな?

 だけど、私は知らないんだ。ごめんね。


 後ろに振り向くと、先生も同じように驚いているようだった。やっぱみんな知っているのか。


「マーチヌルサー・リベリアンといえば、あらゆる開発研究の分野で名を残している、すごい人ですのよ!」


「へ、へぇ……」


「むむ、あんまりわかっていないような反応」


 あんまりすごいすごいと言われても、私にはよくわかんないしなぁ。それに、あまりにもノマちゃんが興奮しているから、その勢いに押されている。

 研究の分野でのすごい人。それは物だけじゃなく、人の研究もしているってことなんだろうな。


 でないと、ノマちゃんの検査を担当しないだろうし……


「って、ノマちゃんはあの人に検査してもらったのに、なんで今そんなに興奮してるの?」


「あぁ、その子の検査を担当した時、その子の意識は飛んでたからねぇ。

 目が覚めてからは、私は検査内容の解析にいそしんでいたしぃ」


「なるほど」


 このマーチちゃんが検査をしてくれたなら、すでにノマちゃんはマーチちゃんに会っているはず……でも、ノマちゃんの反応は初対面のそれだ。

 その理由は、ノマちゃんの意識があるときにマーチちゃんと会っていなかったから、か。


 じゃ、これがノマちゃんにとっての初対面ってことか。


「なるほど、世の情勢に疎いとは聞いていたが、確からしいな。

 マーチが凄腕の研究員なのは、私が保証する」


 ……今遠回しに世間知らずって言われた気がする。まあ間違えてはいないんだろうけどさ。


 王様の、保証付き。ノマちゃんが部屋に入ってきた時とは違って、門番さんは慌ててないし……本当に、王宮内でも顔が知られているってことだろう。

 ふぅん、この子がねぇ。


「子供なのにすごいねぇ」


「……フィールド、念のために言っておくが、その方はお前よりも遥かに年上だぞ」


「……へ、ぇ?」


 私の子供発言に先生は呆れたような声を漏らす。

 明らかに子供なのに……私よりも、年が上だと言うのだ。


 変な冗談を言うものだと思ったけど、誰も、表情を変えない。


「……マジで?」


「やだなぁもうぅ、そんなに若く見えるぅ?。あ、この白衣ね、サイズがないんだって。王族ったら金持ちなんだからケチケチせずに特注で作ってほしいよねぇ。

 ま、これ気に入ってるんだけどねぇ」


「いや、若くって言うか……」


 若いとか以前の問題だよ。もう背丈から骨格まで、完全に子供じゃん?

 でも、先生の口振りは……先生よりも、年上だと言っているようなものだ。


「え、じゃあ、マーチちゃ……マーチさんって、何歳?」


「もう、女性に年齢のことを聞くのは、ダメだぞぉ」


「あ、はい。

 ……もしかして、ドワーフ……では、ないよなぁ」


「そ。完全に人族でーすぅ」


 彼女が、人族じゃなく獣人族や亜人族ならば、見た目と中身が合わないのも納得だけど……どうやら、どちらでもない。

 純粋な人族みたいだ。


 いやぁ、世界って広いんだなぁ。


「あはは、エラン・フィールドちゃん、キミ面白いねぇ。近頃じゃ、マーは世間認知されすぎて、キミみたいな反応は新鮮で楽しいやぁ」


「は、はぁ……どうも?」


「もうちょいお話しておきたいところだけど……

 先に、そっちのノマ・エーテンちゃんのことについて、話さないとね」


 ケラケラ、と笑うマーチさんは……一呼吸置く間に、その雰囲気ががらりと変わった。

 ここへは、雑談をしに来たのではない……そう、念押しするように。声のトーンが落ちて、豹変した態度に思わず背筋が伸びる。


 それは、ノマちゃんも……先生も、同じだ。


「そんなに気を張りなさんな。回りくどいのは嫌いだから、要点だけ伝えるね。

 ……結果だけ言うと、ノマ・エーテンちゃんの体は、異常なし……」


「ほっ、よかっ……」


「……半分だけね」


 ノマちゃんの体は、異常なし……そう伝えられた瞬間、私はほっとため息を漏らしていた。だけど、それは気が早かった。

 だって、そのあとに続いたのは……"半分"なんていう、ひどく曖昧なものだったから。


 意味が分からない。半分……半分って、なんだ?


「あの……すみません、意味がよく、わからなくて」


 と、声を上げるのは先生だ。よかった、私だけがわからないわけじゃなかったんだな。

 そうだよ、わからないよ。だって……半分だけ、異常なしなんて……


「半分は異常がない……つまり、もう半分は異常がある、ということですよね。

 それは、異常があるという意味ではないんですか」


 きわめて冷静に、先生は問いかける。けど、その声には震えが混じっていた。

 困惑か、悲しみか、怒りか……多分、全部だろう。


 私だって、先生が言わなかったら掴みかかっていたかもしれない。遠回しは嫌いと言っておきながら、期待させるようなことを……


「あぁ、説明が足りなかった。遠回しを省く代わりに、その他もろもろも省いてしまうのはマーの悪い癖だ」


「……説明?」


「あぁ。とはいえ、マーもまだよくわかっていないので、結果だけを言うならば……いや、その前に質問をさせてくれ。

 ノマ・エーテンちゃん。キミは、人族だ。間違いないね?」


 ……この人は、なにを言っているんだろう。ノマちゃんが人族なんて見ればわかるし……そりゃ、獣人の場合は体の一部を獣に変化させることができるから、見ただけで正確にはわからないだろうけど。

 ただ、それもそもそも検査したならわかっているはずだ。


 なのに、それを本人に確認するなんて?


「え、えぇ、そうですが……お父様とお母様も、人族ですし」


「そう……本人に自覚はなし、か」


 ……本人に、自覚がない?

 ちょっと待って、それって……


「じゃあ、検査の結果を伝えるね……

 ノマ・エーテンちゃん……キミは、半分人だ。そして、もう半分は魔族だ」


「…………は……?」


 ……それ、って……?

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