第202話 考えることいっぱい



「じゃあ、理事長たちに、犯人が違うかもって話はしなかったんだ」


「うん。それまでは私の予想でしかなかったし、確証を得た後も、どうしてそんな確証を得たのかって聞かれたら、答えるのに困ったし」


 女子寮。ルリーちゃんと一緒に部屋に戻った私は、理事長室であったことをナタリアちゃんにも話した。

 こういうことを話してもいいのか、とは思ったけど……特に口止めもされなかったし、二人は口が堅いし、大丈夫だろう。


 それに、二人とも私が呼ばれた理由は、察していたみたいだし。


「というか、先生たちは犯人がダークエルフだって、知ってるのかもわかんないし」


「……それくらいの情報提供は、した方がいいんじゃないか? 知らなくて情報を提供できなかった場合と、知っていて情報を提供しなかったのとでは、いざ事が判明した時にエランくんの立場が悪くなる」


「うーん、それはそう、なんだけど……」


 情報提供……私が持っている情報のすべてを、先生たちに提供したわけではない。

 けど、敢えて隠していたとなれば、なんで隠していたんだ、と勘繰られることもあるだろう。


 でも、私にはそれを、なかなか言う気持ちが持てない。


「! ……エランさん、もしかして私のこと、気にしてます?」


「ん……」


 チラッ、とルリーちゃんと見てしまったタイミングで、ルリ^ちゃんと目があってしまった。

 犯人がダークエルフであること、それを秘密にしていること……そして、ルリーちゃん。これでわからないほど、ルリーちゃんも鈍くはない。


 私が、ダークエルフのルリーちゃんの立場を気にして、黙っていると思ったのだ。そして、それは実際に間違ってはいない。


「私がダークエルフだから、気にしてくれているん、ですよね。

 でも、大丈夫です。私のことより……これ以上、被害者が増えることが、問題ですから」


 ルリーちゃんは、自分がダークエルフだということを押し殺した上で……犯人がダークエルフでも、自分のことは気にするな、と言ってくれる。

 それは、きっと私に隠し事をさせている、という罪悪感があるのかもしれない。だとしても、ルリーちゃんは人々にこれ以上被害が広がらないように、考えてくれている。

 被害を抑えるという意味では、すぐにでもこの情報を先生なり憲兵さんなりに伝えるべきだ。


 ……でもねルリーちゃん。私がこのことを言えないのは、犯人がダークエルフっていう理由だけじゃなくて、そのダークエルフの正体が……


「けど、エランくんの話ではこれまでの"魔死事件"と今回ノマくんを襲った犯人は、別人なんだろう?」


「う、うん」


「それに、これまでの"魔死事件"の犯人は、最近ぱったりと音沙汰なしだ。

 だったら、今までの"魔死事件"の犯人の情報を話すより、今回の事件の犯人に集中してもらった方が、いいんじゃないかな」


 冷静なナタリアちゃんの言葉に、私たちはなるほどとうなずく。

 今回の事件も"魔死事件"と呼ぶにしても……これまでの事件と、今回の事件は別人だ。なら、わざわざ犯人が別にいて、今回ノマちゃんを襲った奴の目星はまだついていない、という情報を提供するのは、逆に混乱させることになる……


「で、でも。先生たちは、これまでの"魔死事件"とノマさんを襲った犯人が、同一人物だと思っているんですよね。

 そこを誤解したまま、ちゃんと操作は進むんでしょうか」


 対するルリーちゃんの言葉に、またも私たちはなるほどとうなずいた。

 事件の調査をするなら、より正確な情報が必要だよなぁ。早く犯人を捕まえたいと思うなら、ちゃんとした情報を提供した方がいいのかもしれない。


 ……結局、どっちがいいのかもわからない。


「エランさん」


「エランくん」


「うぅううううううううううううん…………」


 そんな、選択肢の決定権を委ねられても、私も困るよぉ。

 二人からの視線から思わず目をそらしたけど……ホントどうしたらいいんだろう、この問題。


 答えの出ない問いかけに、私がうんうんと唸っていると……学校から支給された端末が、音を立てて振るえた。

 ナイスタイミングだと、私はそれを手に取る。通話……ではなく、メッセージか。


 誰だろう。クレアちゃんか、それとも検査が終わったノマちゃん!?

 いっそダルマスでもいい。今は、頭の中が混乱してるから、少しでも気を紛らわせたい……


「えーーーーーーーー……」


「ど、どうしたんですかエランさん!?」


 端末の画面を見て、そのメッセージの内容を見た直後……私の口からは、これまでに出したことのない声が出た。ていうかため息が出た。

 目には見えないけど、きっと淀んだ空気だったと思う。


 後ろから覗き込んでくるルリーちゃん、それにナタリアちゃんは、不思議そうに首を傾げている。

 そ、そうだ……二人にも、意見を聞こう……


「あの、さ……」


「うん」


「はい」


「王宮に、呼ばれちゃった……」


「うん……うん?」


「は……ぇ……?」


「国王陛下ってやつに、呼ばれちゃった……」


「「……」」


 振り向き、二人に端末の画面を見せる。

 そこには、先生からの着信で……ごちゃごちゃといろんなことが書いてあったけど、まあ要するに、国王陛下が私に会いたがっているから明日王宮に行くように……というものだった。


 国王陛下、ってことは、あれだよね……この国の王族で、コーロラン・ラニ・ベルザ、ゴルドーラ・ラニ・ベルザ、コロニア・ラニ・ベルザのお父さん、で……

 つまりは、このベルザ国の、国王……一番偉い人だって、ことだよね……


「な、なんで……?」


「知らないよ! エランくんまたなにをしでかしたんだ!」


「知りませんよ! エランさんまたなにをしたんですか!」


 ぽかんとしていた二人が、一斉に詰め寄ってくる。あの冷静なナタリアちゃんもこんなに慌てるなんて、やっぱりすごいことなんだ……

 ていうか、またってなにさ……


 つい一分前まで、別のことで頭がいっぱいだったのに……今はもう、このメッセージ内容のことで、頭がいっぱいになってしまった。

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