第195話 心安らぎの時間



「本当に大丈夫? 無理とかしてない?」


「大丈夫だよ。ルリーちゃんやナタリアちゃんだっているんだから、心配いらないよ」


 部屋を出てから、心配してくれるクレアちゃんと別れた。ずっと寝ている私の側にいてくれたみたいだし、クレアちゃんとルリーちゃんには改めて感謝だな。

 最後まで私を心配してくれたクレアちゃん。それに、クレアちゃんと別れたあと私に引っ付いて離れないルリーちゃん。


 少し歩きにくくはあったけど、まあこれくらいならと受け入れ、目的地へとたどり着いた。


「やぁ、ルリーくんおかえり。

 ……エランくんは、いらっしゃい」


「ど、どうも」


 扉の向こうでは、ナタリアちゃんが明るい笑顔で出迎えてくれた。

 私が突然来たのに、驚いた様子もない。いつの間に、私が来るって連絡していたんだろう……


 ……いや、もしかしたら最初から、私をこの部屋に泊めるつもりだったのかもしれないな。


「大変だったね」


「ん……うん」


 私は適当に腰を下ろして、ナタリアちゃんがポンポンと頭を叩いてくれる。

 気恥ずかしいけど、私のことを心配してくれてのことだとわかったから、払い除けはしなかった。


 それからしばらく、会話もなく静かな時間を過ごしていたけど……くぅ、とわりと大きな音がなった。

 私の、お腹の音だった。


「ぷ、っはは。そりゃ、ずっとなにも食べてなかったんなら、お腹も空くよな」


「……っ」


「な、ナタリアさんっ」


 うぅ、やっぱりお腹の音聞こえちゃうよな……恥ずかしい。

 ただ、お腹を押さえてもきゅうきゅうと、鳴るわけで。


「あはは、ごめんごめん。

 お詫びに、なにか買ってくるよ」


「え……そんな悪いよ」


「いいのいいの」


 さすがに買ってきてもらうのは悪い……断ろうとしたけど、それよりも先にナタリアちゃんは部屋から出ていってしまう。

 わざわざ買ってもらわなくても、食堂に行く手だってあるのに……


 そのとき、隣にルリーちゃんが座る。


「ナタリアさん、優しいですよね」


「え?」


「私の正体を黙ってくれていることもそうですけど……今だって、きっとエランさんを気遣って、ここで食べられるように買いに行ったんだと思いますよ」


 ……食堂でなにか食べようと思えば、当然移動しなければいけない。けど、正直……あんまり、動きたくはない。

 それに、食堂には少なからず人がいるだろう。中には、私が倒れたことも、同室のノマちゃんが血まみれだったことも、知っている人がいる。


 そんな中で、のんきに食事ができるかというと……答えは、ノーだ。


「そうだね……なにがあったとか、聞いてこないし」


「まあ、それは明日先生方に聞かれると思うので、わざわざ私たちが聞く必要もない、と思ったんじゃないですかね」


「う……やっぱり、私も話聞かれるよねぇ」


 第一発見者である、私もいろいろ話を聞かれるだろう……ルリーちゃんの言うように、それはもう確実に。

 以前学園内で"魔死事件"があったときも、第一発見者には話を聞いていたわけだし。

 先生も、本当はすぐにでも私から話を聞きたかったんだろうけど、私の気遣ってくれたんだろう。


 ただ……なにを聞かれたところで、たいしたことは答えられない。

 なんせ、帰ったら部屋の中で、血まみれのノマちゃんが倒れていたのだから。


「おまたせ、いろいろ買ってきたよ。

 あんまりお腹にたまらないようなもの」


「ありがとう、ナタリアちゃん」


 それから少しして、買い物を済ませたナタリアちゃんが戻ってきた。

 私の調子を考えてか、お肉とかお腹にたまるものはなかった。なので、麺類をいただくことにする。


 やっぱり、気が利くなぁ。


「……部屋、いつまで調べるんだろう。ううん、それよりもノマちゃん、ちゃんと帰ってくるよね」


「……エランさん」


 食べている最中も、ノマちゃんのことが頭から離れない。本人は、もう大丈夫だって言っていたけど。

 それでも、心配だよ。


「……方法はわからないけど、ノマくんは部屋で襲われた。けど、今は検査のために保護されているようなものだ……もし、生きていると犯人が知ったとしても、また襲われる可能性は低いんじゃないかな」


「そ、そうですよ! ここに残るよりは、安全なはずです!」


「……うん」


 二人とも、なんとか私を励ましてくれる。その気持ちが、嬉しい。

 どうしてノマちゃんが、どうやって部屋に……わからないことは、いっぱいある。


 でも……


「今ボクたちに出来ることはない。ノマくんが戻ってきた時に、笑顔で迎えてあげるのが、エランくんに出来ることだと思うよ」


「……そう、だよね」


 二人には迷惑をかけているけど、今二人と一緒にいてよかった……でないと、私一人だと、悪いことばっかり考えてしまいそうだから。

 ご飯を食べ終えて、空腹は満たされた。二人とも、なるべく事件のことを思い出させないために話しかけてくれたから、心落ち着く時間だった。


 その後、学園からそれぞれの端末に、連絡があった。明日は、急遽休校になると。

 立て続けに、物騒な事件が起こったのだ……それは当然とも言えるだろう。


 また、それとは別に……私個人に、明日理事洋室に来るようにと、連絡があった。


「だ、大丈夫ですか? 私も、一緒に……」


「ありがとう、ルリーちゃん。でも、大丈夫だよ」


 呼び出しの理由は、私に今日のこと……ノマちゃんを発見したときのことを聞くためだろう。

 またあの光景を思い出すとなると、気が滅入るけど……これも、仕方ないことだ。事件解決のためには。


 ……事件解決、か。"魔死事件"、その犯人はルランだ……ルリーちゃんのお兄ちゃんである、ダークエルフ。学園で起きた一度目の事件、そのときに会って……彼を追う、リーサとも会った。

 その後は、事件はしばらく起こってなかった。でも、今日この学園で、二度目の事件が起きた。


 犯人は、ルラン……それを思い出した瞬間、私の心は黒いもので塗りつぶされそうだった。きっと、あのまま気絶しなかったら、私は……


「……なんだろう、この違和感」


 ぽつりと、呟く。なんか……胸に、引っかかるものがある。あのときはルランに対する怒りで、いっぱいだったけど……冷静になって、考えてみると……

 なんか、違和感がある。


 ……なんにしても、ルランにはもう一度、会わなければいけない。会おうと思って会えるものじゃ、ないけれど。

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