第193話 それは夢ではない現実のこと



「…………ん」


 眠っていた意識が、覚醒する。まぶたを開けると、その先には知らない天井。

 いや、まったく知らないわけではない……自分の部屋の天井に、似ている気がする。


 あぁ、私今、横になっているのか。背中はふかふかだし、布団の上かな。


「あ、エランちゃん!」


「目が覚めたんですね!」


 横から、声が聞こえた。そちらを見ると、心配そうに私の顔を覗き込む、二人の女の子の姿。


「エランちゃん、私たちのこと、わかるわよね!?」


「……クレア、ちゃん……ルリー、ちゃん……」


「よかった……!」


 目に涙をためて、二人は私を見ている。なんだか、心配させてしまったみたいだ。

 私は、なんで眠っていたんだっけ…………あぁ、そうだった。


 自分の部屋で、恐ろしいものを見て……それで、意識を失って……


「ここは……」


「寮内の、休憩室みたいなところよ」


「エランさん、急に倒れられたから……とにかく、静かな場所に、移動させようって」


 そうか、なんか似たものを見た気がするのは……寮内で、部屋の構造が同じだからか。

 私は気を失って、この部屋に運ばれた。そして、クレアちゃんとルリーちゃんが、看病してくれていた。


 私が、気を失った理由は……


「……ノマ、ちゃんが……ノマちゃんは、どうなって……!」


「フィールドさん」


 必死に、気を失う前のことを思い出そうとして……血まみれで倒れていたノマちゃんことを思い出して、聞こうとした。あのあと、どうなったのか。

 そこに……聞きたくて、仕方のなかった声が、聞こえた。


 反対側……クレアちゃんとルリーがいるのとは、反対側に首を向ける。目に入ったのは、明るいブロンドヘア。

 そこにいたのは……


「ノマ、ちゃん?」


「……えぇ」


 紛れもなく……ノマちゃんだった。お上品に、いつも見せてくれるかわいい笑顔を、浮かべている。

 その姿は、私が見てしまった血まみれの姿とは、似ても似つかない。血なんてどこにもついてないし、こうして元気でここにいる。


 ノマちゃんだ……ノマちゃん、ノマちゃんノマちゃんノマちゃん!!


「ノマちゃあん!」


「わっ」


 気づけば私は、ノマちゃんの胸に飛び込んでいた。

 あぁ、柔らかいし、あたたかい……生きてる。


 そうだ、きっとあれは……なにかの間違いだったんだ。夢かなにかで、なにかと見間違えてしまっただけ。もしかして、疲れていてありもしない幻想を見てしまったのかもしれない。

 最近は、ルリーちゃんの過去に関する夢も見た。リアルだと思うほどの夢。あれと似たようなものだったんだろう。


「ノマちゃん、私、わたし……!

 あれは夢、だったんだよね! そうだよね、あんなことあるはず……よがっだよぉ……!」


「……」


 クレアちゃんもルリーちゃんも見ているけど、溢れる涙が止まらない。安心してしまったからか、流れていく涙はノマちゃんの胸元を濡らしていく。

 ノマちゃんには悪いけど、しばらくこのままでいさせてほしい。あれが夢だったのなら、ノマちゃんたちには訳がわからないだろうけど……


 でも、無事で本当に、よかった! あれが夢で、本当に……


「あの、フィールドさん……」


「うぐっ……なぁに? ぐすっ……」


「……夢では、ありませんの」


 私の肩を掴んで、そっと体を離す。きっと顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているだろう私の顔を、目を見ながら……ノマちゃんは、言った。

 私にとって、信じられない一言を。


「……へ?」


「わたくしが、部屋で血を流して、倒れていた……

 それは、夢ではありませんのよ」


 わかっていない私に、ちゃんと伝えるように……あれは、現実なのだとわからせるように……ノマちゃんは、真剣な目で私を見ていた。

 それが冗談でないと、本能で理解していた。


 え? あれが、夢じゃない? でもだって、現にこうして、ノマちゃんは生きて……え? あれ? なにが、どうなって……


「落ち着け、フィールド」


「……せん、せい……」


 困惑しかけたところに、ノマちゃんとは別の声……そこには、先生がいた。

 腕を組み、壁にもたれて。クレアちゃん、ルリーちゃん、ノマちゃんの他にも、人がいたのか……気づかなかった。


 汚い顔を見られてしまった、という恥ずかしさは、今の私の中にはなかった。


「あの、今の、ノマちゃんの、夢じゃない、って……」


「……そのあたり、お前にもちゃんと伝えておく。私たちとしても、情報のすり合わせが必要だからな」


「でも先生、エランさんはまだ起きたばかりで……」


「……ううん、大丈夫。聞かせて」


 私の心配をしてくれるルリーちゃんはありがたいけど……私は、話を聞きたい。

 あれが夢でないというのなら……私の見間違いでないというのなら。いったい、なにが起きたっていうのか。


 私が聞く姿勢を見せたのが伝わったのか、先生は小さくうなずく。


「まず、私が現場に駆け付けた時は、すでにたくさんの生徒が集まっていた……気を失っていたお前を、アティーアやルリー……他の生徒も心配していた。

 で、部屋の中を見たら……お前が見た通りのものが、あったわけだ」


「……っ」


 部屋の中で見た……それは、血まみれで倒れていたノマちゃんの姿。思い出しただけでも、吐きそうになる。

 けど、あれを先生も……もしかしたらクレアちゃんとルリーちゃんも、見たんだ。私だけいつまでも、冷静を失うわけにはいかない。


「……部屋の中を、調べた。もちろんエーテンの体もな。

 その結果……ここ最近は発生していなかった"魔死事件"の被害者と同じ現象で倒れていたことが、判明した」


「……やっぱり」


 見間違いではなかったあれは、"魔死事件"のものと同じだった。調べた結果、似ているとかではなく同じだと、断定された。

 また、学園内で……それも、女子寮の、部屋の中で起こった。"魔死事件"を起こしていたのは、ルラン……ルリーちゃんのお兄ちゃんだ。

 どうやって侵入したのか、それはわからない。事件を起こしているのも、人間に恨みがあるからだ。けど……


 あいつは、ノマちゃんを、殺そうとした……!

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