第192話 最悪の到来



 ……私は、部屋に戻ってきた。本当は生徒会の仕事があったけど、ノマちゃんが心配で、身が入っていなかったからだ。

 どうしてノマちゃんが心配か? それは、今朝一緒に部屋を出たはずのノマちゃんが、学園に行ってなかったからだ。

 いつもは一緒に登校するのに、今日は用事があるからと、別々に別れた。


 ノマちゃんが学園に……教室に来ていないと知らされたのは、ノマちゃんと同じクラスの友達からだ。なんで、どうして……そんな気持ちで、いっぱいだった。

 ノマちゃんは、無断で学園を休むような子じゃない。何事にも一生懸命で、魔導に関しても貪欲で。だから、私は、ノマちゃんが学園に来ていないなんて、想像もしてなくて。


 なんでどうしてと考えていた結果、ゴルさんたちに心配をかけ、早めに仕事を切り上げさせてもらった。

 だから私は、ノマちゃんが帰ってきてると信じて、急いで、帰ってきたのに……


「……ノマ……ちゃん……」


 部屋の扉を開いて、その奥にいたのは……壁に持たれて、座っているノマちゃんの姿。

 その全身から、血を流して……その血は、部屋中を汚していた。その姿に、私は頭が真っ白になっていくのを、どこか他人事のように感じていた。


「ノマ、ちゃ……はっ、はっ、はっ……」


 だって、おかしいじゃないか。なんでノマちゃんが、こんな、部屋の中で血を流して倒れて……それに、全身から、口からも鼻からもうつむいているからよく見えないけど多分目からも血が流れていてこんな全身から血を流して倒れているなんておかしいよだってここは学園の寮の部屋の中だしノマちゃんはそもそも今朝から行方知れずでどうして部屋の中で血まみれで倒れていてそりゃ私はノマちゃんが帰ってきてくれていることを願って帰ってきたのにでもだってこんなことになってるなんて思わないし私がもっと早く帰ってきていればノマちゃんはこんなことにならなくて済んだのだろうかいやなんでそもそもノマちゃんがこんな目にあっているんだこの全身から血を流す血まみれの現象は"魔死事件"の特徴とそっくりでそれってつまりノマちゃんが"魔死事件"の被害者つまり"魔死者"になってしまったってこといやまだ死んだって決まったわけじゃないとにかく一刻も早くノマちゃんを治療しないといけないのになんで足が動かないんだ動けよ動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け…………


「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアノマちゃああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!」






 …………その後のことは、よく覚えていない。

 多分、騒ぎを聞きつけた隣の部屋の子や、その隣の部屋の子……また隣の部屋の子と、どうかしたのかと駆けつけてきた。

 部屋の扉を開けっ放しだったため、部屋の中にあるものを多くの人が、見てしまったことだろう。


 誰ともわからない、驚きの声、悲しみの声、怒りの声……いろんな声が聞こえたけど、私はそれらを聞き分ける余裕などなかった。

 ただ、目の前の現実を受け入れたくなくて……


 誰かが、部屋の中に入っていくのが見えた。誰かが、ノマちゃんに駆け寄っているのが見えた。いや、それは私が……

 手を伸ばそうとしても、動かない。いつの間にか座り込んでしまって、立ち上がろうとしても、動かない。


「……ゃん! ……ラン……ん!」


「エラ…………ん! ……ンさ……!」


 世界が、揺れている。受け入れたくない事実に、頭が揺れているのか……それとも、誰かが私の体を揺すっているのだろうか。

 そんな気がする。なんだか、誰かに触れられている……人の体温を、感じる。


 あぁ、なんでこんなことになっているんだろう……頭が痛い、なにも考えたくない。目の前で人が死ぬなんて、もうたくさんだって、そう思っていたのに、私は……


「エランちゃん!」


「エランさん!」


 最後に、聞き馴染みの強い友達の声が聞こえた気がして……私は、意識を手放した。





 ――――――






 誰かの叫び声……放課後に、それなりの数の生徒が女子寮へと帰っていた中、それは響いた。聞いたことのない、悲鳴。

 それは隣の部屋の住人、付近の住人にはすぐに伝わったが、その声はまるで寮全体に轟くかのような、声であった。そのため、集まった者は数多い。


 一人、また一人と増え。その悲鳴の主が、エラン・フィールドという名の女子生徒だということがわかった。

 彼女の人柄を知る者は戸惑うだろう。いつもひょうひょうとした彼女からは、考えられないほどの悲鳴が出たことに。

 彼女の人柄を知らない者でも、どういう人物かは知っている。入学早々、話題になった生徒だ。同級生だけでなく、上級生からも注目されている。


 そんな彼女が、部屋の前で座り込んでいた。頭をかきむしるようにして、なにかあったとひと目でわかる異常な行動。

 近くにいた者はそれを押さえ、続けて部屋の中を見て……恐怖が、伝染した。


 部屋の中には、凄惨なほどに血まみれの部屋が広がっていて……その奥に、血の主であろう人物が倒れている。

 悲鳴が悲鳴を呼び、恐怖は伝染し……教師が現れるまで、そう時間はかからなかった。


 部屋の中で血まみれになっているのは、この部屋に割り振られていたノマ・エーテンだと判明。同様に、同室であるエラン・フィールドはあまりの衝撃のためか、意識を手放していた。

 教師たちはすぐに、現場を固め、生徒たちを帰し、まだ騒ぎを知らない者に話さないよう告げるが……それを果たして、何人が守れるだろうか。


 騒然となる、女子寮……ノマ・エーテンは身体中から血を流している。この現象は、"魔死事件"のそれと類似……いや同じだ。

 魔導学園で、"魔死事件"による二人目の犠牲者が、出てしまった。



「…………ん……」

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