第190話 きっと大丈夫



「ふわぁ」


「エランちゃん、大丈夫? 疲れてる?」


「んー、そんなことはない……って自信満々には言えないかなぁ」


 平和な数日が過ぎた頃のお昼休み、私は大きなあくびをしていた。これは、寝不足から来るものだろう。

 私の隣に座っているクレアちゃんは、心配そうに声をかけてくれる。


 疲れてる……と、やっぱり他の人にもそう見られてるかぁ。

 日々の授業……はみんなと同じことだけど、それに加えて生徒会のお仕事や、ダルマスとの訓練。もちろん自分の訓練もあるし、友達付き合いも不意にはできない。


 ここ最近、わりと忙しかったりする。


「忙しいんですか? 私、心配です」


「はは、ありがとうルリーちゃん。

 確かに最近、生徒会は忙しいけど」


「生徒会の業務も、エランくんがそうも気を張る必要はないのではないかい?」


「ゴルさんたちも、休んでいいとは言ってくれるんだけどねー」


 生徒会の仕事は、学園に関するもの。それが忙しくなるってことは、そう遠くないうちに学園で大きな行事があるってことだ。学園祭ってやつをやるらしい。

 どうやら、生徒たちがクラスごとに出店を出したりして、学園内でお祭りのようなことをやるみたいだ。


 それを聞いてから、私はわくわくが止まらなかった。学園でのお祭り……それは、なんと心躍る言葉だろうか。


「なら少しは、休むべきではないかな? 倒れたら元も子もないだろう」


「大丈夫! 私、結構丈夫だから!」


「……そういった疲労は、体力の有無には関わらないと思うが」


 でもまあ、ナタリアちゃんの言う通りかも……学園祭までまだ時間はあるんだし、今から楽しみにしすぎていても、身が持たない。

 それに、学園祭は魔導大会の後だ。あんまりそっちにばかり集中しても、いられないよね。


 私は、ご飯を一気にかきこむ。


「おぉ」


「ごくっ……はぁ。

 なんか、みんなに心配させ過ぎちゃうのも悪いし、ほどほどに休むことにするよ」


「それがいいです!」


「そういえば、この間さぁ……」


 とりあえず難しいことを考えるのはやめて、みんなで談笑することにする。こうして落ち着いて話す空間は、やっぱり好きだ。

 それから、お昼休憩の時間の終わりも迫り、さて教室に戻ろう……と思っていたところに……


「あ、あの」


 ふと、誰かの声が降ってきた。

 誰だと思い、顔を上げると……そこには、悪いけど知らない子が三人、立っていた。


 なんだろう。なんか不安そうな表情を浮かべているし、いい話ではなさそうなんだけど。


「えっと、なにか?」


 なにかを話そうとしているけど、なかなか切り出さない女の子たちに、ナタリアちゃんから切り出す。

 それを受けて、女の子の一人が、前に出る。


 うん? なんだかこの子、見覚えが……


「ノマちゃんの、お友達?」


「! はい」


 そうだ、以前ノマちゃんのクラスを覗きに行った時に、ノマちゃんが仲良さそうに話していた子だ。ウサギの耳を生やした、獣人の女の子。

 後ろの二人も、同じく仲良さそうにしていた女の子たちだ。


 ただ、知っているのは多分、私が一方的にだろう。今日まで、話したこともない。

 もちろん、話しかけてくれるのは誰でもウェルカムなんだけど、表情がちょっと暗いのが気になる。


「えっと……フィールドさん、ですよね。エーテンさんと同室の」


「うん、そうだよ」


 エーテンさん……ノマ・エーテンの同室だと問われて、私はうなずく。話は、どうやらノマちゃんに関することらしい。

 ただ、それにしてはノマちゃんの姿が見えない。ノマちゃんのことだ、自分の話をするとなったら自ら来そうだけど。


 それとも、ただいないだけか。


「あの……エーテンさんは、今日はお休みなんですか?」


「……へ?」


 なにを聞かれるのか。そう考えていた私は、その内容に間の抜けた声を漏らしてしまう。

 この子は、なにを言っているんだろう? ノマちゃんは、今日は休みかって?


「いや、今日もちゃんと、登校したはずだけど?」


 今日は休みなのかどうか……その答えは、ノーだ。ノマちゃんは、今日も私と一緒に、部屋を出た。

 ちゃんと、一緒に登校……は、そういえばしていないけど……


「その聞き方……ノマくんは、教室に来ていないのかい?」


「……はい」


 ナタリアちゃんが続けて聞いてくれて、女の子が答える。この答えに、私は愕然としていた。

 ノマちゃんが……教室に、行っていない? いや、そんなはずは……


 でも、この子たちがわざわざ嘘をつく理由も、ない。


「エランちゃん、ノマちゃんは……」


「……いっつも、ノマちゃんと一緒に部屋を出て、学園まで登校する。教室の前で、別れるんだけど……

 今日は、ノマちゃん用事があるからって、部屋を出た後に急いでどっか行っちゃって」


 そうだ、今日もいつも通り、ノマちゃんと部屋を出た。でも、その後はいつもとは違った。

 いつもなら、二人で学園内まで登校する。でも今日は、ノマちゃんが用事があるからと、先に行ってしまった。


 その用事が、なんだったのかはわからない。でも、笑いながら、走っていったのは覚えている。


「エランさんと別れたあと、ノマさんは教室に行ってない……ってことですか?」


 ルリーちゃんの言葉は、私たち全員が思ったことだろう。

 ノマちゃんは、用事でどこかに行き……そのまま、教室には行かなかった。


 これが、なにを意味するのか……


「エーテンさんは、いつも元気で……昨日も、そうでした。

 これまで休んだことなんてなかったので、心配で……」


「……」


 ただ、友達が具合が悪いから休んだだけかもしれない……普通なら、そう考える。

 でもノマちゃんは風邪とは無縁そうだし、もし本当に風邪だったとして……それを、この子たちは心配して、私に話しかけてくれた。


 でも、結果は……登校したはずのノマちゃんが、音沙汰なくどこかへ消えた、という事実のみであった。


「ノマちゃん、どこに……」


「だ、大丈夫なんでしょうか? その、その用事の先で、変なことに巻き込まれたり……」


「落ち着いて。仮にそうでも、ノマくんならトラブルなんて難なく切り抜けるさ」


「でも、現に学園に来ていないわけだし……」


 消えたノマちゃんの行方が、わからない。いったい、どこに行ったんだ?


 クレアちゃんの言うように、ノマちゃんがなんらかのトラブルに巻き込まれた可能性はある。でもナタリアの言うように、ノマちゃんなら大抵のトラブルは切り抜けられる。

 でもルリーちゃんが心配するように、ノマちゃんは来ていない……


 ……結局、ここでいくら話しても、答えが出るはずもなくて。

 各々が心配事を胸に抱えたまま、教室に戻ることになった。


 考え過ぎだ……悪いことばかり、考えてしまう。

 どうせ、部屋に帰ればわかることだ。今日も生徒会の仕事があるから、帰ったらノマちゃんも帰っているだろう。

 今日なにがあったか、その時聞けばいい。もしかしたら。ただのサボりかもしれないし、ね。


「……大丈夫だよね」



 ……この時は、まだ楽観的に考えていた。もしも、私がもっと早く部屋に帰っていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。

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