第188話 まるで家族みたい



 ダルマスとのお出かけの最中、ビジーちゃんと再会した。相変わらず元気そうでなによりだ。

 私が驚いているのは、ビジーちゃんがペチュニアで住み込みで働いているらしい、ってところだった。


「行くとこがないなら、ここに住んだらどうかって。住み込みで働くなら、安心だろうって」


「タリアさんらしいというか、なんというか……」


 タリアさんなら、ビジーちゃんみたいな困った子は放っておけないタイプだもんなぁ。

 ビジーちゃんはどうやら、この国には一人で来たようで、行くあてもない。ならば、住み込みで働いてみては、とはまあ妥当な判断かもしれない。


 まあ、なんにしても元気でやっているなら、私も安心だよ。


「なら、今度ビジーちゃんが働いてるとこ、見に行かないとね」


「うん、来て来てー!」


 ふふ、まったくかわいいなぁ。

 このまま愛でていたい気持ちもあるけど、そういうわけにもいかないか。一人でここにいるってことは、ビジーちゃんにも用事があるんだろうし。


 ……ただ、また変な奴に絡まれないか、心配ではあるよなぁ。


「俺のことなら気にするな」


「!」


 ふと、ダルマスの声。それは、私の心配事を察してのものだったのだろうか。

 このまま、ここにビジーちゃんを放ってはいけないというもの。


 でも……


「気になっているんだろう、見ればわかる」


「うぅ」


 ダルマスは、私がビジーちゃんを気にしていることを見抜いている。

 なんていうか、よく見てるよねぇ。


「なんかごめん」


「いいさ。もう礼は済んだし、俺はこれで……」


「ねえねえ、お姉ちゃんとお兄ちゃん、一緒に行こうよ!」


「!」


 私の手を掴んだビジーちゃんが、反対側の手でダルマスの手を掴む。

 予想していなかったのか、ダルマスは目を見開いていた。


 ダルマスは、私はこれからビジーちゃんに構うため自分はこのまま去ろうとしていたようだけど……それを、ビジーちゃんが止めた。


「いや、俺は……」


「……だめ?」


 私からは表情は見えないけど、ダルマスは困った表情を浮かべているし、ビジーちゃんは目に涙を浮かべているのかもしれない。

 私も見てみたい。


 それから、ダルマスは軽くため息を漏らして。


「わかったよ」


 と、うなずいた。


「わーい!」


「なんか、すごいなついてる?」


 ダルマスも同行することに、ビジーちゃんはすごい喜んでいるように見える。それほどまでに嬉しいのか。

 初めて会ったというのに。無邪気にはしゃいでいる。


 そんなわけで、私とダルマス、そしてビジーちゃんは、一緒に行動することになったわけで。


「……なぜ、こんなことに……?」


「仕方ないじゃん、ビジーちゃんがこれがいいって言うんだから」


「~♪」


 現在、私はビジーちゃんと手を繋ぎ、ダルマスもまたビジーちゃんと手を繋いでいる。

 つまり、三人が並んで、私とダルマスの間にビジーちゃん。お互いに手を繋いでいる状態だ。


 なんか……なんというか、この状況って……


「なんだか家族みたーい!」


「!」


 あんまり気にしないようにしても、ビジーちゃんがはしゃいでいるため妙に意識してしまう。

 当然、ビジーちゃんはただはしゃいでいるだけで悪気はない。ダルマスはさっきから黙っちゃってるし、気まずいよぅ。


「と、ところでビジーちゃんは、一人でどこに行くつもりだったの?」


 とりあえず、場の空気を変えるためにも、話しかけよう。それに、気にもなっていたことだし。


「んっとね、おつかい!」


「一人で?」


「一人でって言ったの!」


 ……なるほど。ビジーちゃんにおつかいを頼んで、本当は誰か同行させるつもりだったんだろうけど、ビジーちゃんは一人で行くって言って聞かなかったわけか。

 ふーむ、ビジーちゃんにはもう少し危機感を持ってほしいな。まだ小さいからよくわかんないのかもしれないけど。


 まあ、なにかあってもこっからは私たちが守れば、問題ない……


「っと?」


 進んでいた足が、止まる。正確には、一緒に歩いていたビジーちゃんの足が止まり、それにつられて私の足も止まる。

 いったいどうしたのか。ビジーちゃんへと振り返ると、ビジーちゃんは前ではなく、どこか別のところを見ていた。


 目を輝かせ、その視線は一点に集中していた。

 私も、その先をたどると……


「クレープ?」


「お姉ちゃん、あれ食べたい!」


 屋台があった。そこでは、どうやらクレープを作っているみたいだ。クレープ屋さんだ。

 それを、食べたいとビジーちゃんはせがんでくる。小さい女の子だ、甘いものに目がないのだろう。


 そんなキラキラした目で見られたら、なんでも買ってあげたくなっちゃう。けど、いいのか?


「でも、おつかいがあるんでしょ?」


 やんわりと断ろうとすると、ビジーちゃんは見るからに悲しそうな顔をする。そんな顔をしないでおくれよ。

 仕方ない……と、私がうなずきかけたところへ、「ははっ」と笑いが聞こえてきた。


「いいさ、俺が買ってやる」


「! いいの!?」


「あぁ、好きなものを選べ」


「やたー!」


 思いがけない、ダルマスの言葉。まさか、買ってやるなんて言うなんて、思わなかった。

 え、なんだその柔らかい表情。もしかしてダルマスって、子供が好きなのか?


「いや、悪いよ」


「お前はこの子の保護者か?

 俺がしたいからしているだけだ」


「ぬぅ」


 ビジーちゃんとは、危ないところを助けただけの関係。だから、保護者とかではない。

 なので、そんな風に言われると、私はなにも言えない。保護者でもないのに、自分が出すから、と押し切るのも変だし。


 結局、ダルマスの奢りでクレープを買うことになった。


「わぁ、わぁ! どれにしよーかな!」


「お前も食うか」


「え……いいの?」


「ついでだ」


 実は私も、クレープを食べたいと思っていた。それを見抜いたのだろうか。ダルマスの言葉に、少し恥ずかしくなる。

 ビジーちゃんに続いて、私もクレープを奢ってもらうことになるとは。


「わーい! お兄ちゃん、ありがとう!」


「あ、ありがとう」


「あぁ」


 ビジーちゃんはバニラ、私はイチゴの味のクレープを買ってもらう。うーん、甘そうでおいしそうだ。

 なんか、いつの間にか気まずい空気もなくなったな。


 ダルマスのやつ、結構紳士じゃないか。ありがたく、いただくとしよう……


「いただきまーす!」



『わかってるってぇ……でも、あは……

 ……オイシソウダナァ』



「!?」


 突然、頭の中に流れてきた声……その衝撃に、思わず立ち眩みしそうになるが、なんとか耐える。

 大丈夫、変に思われてはいない。ビジーちゃんはクレープに夢中だし、そのビジーちゃんに勧められてダルマスはビジーちゃんのクレープを食べている。


 今の、声……映像……は……

 前に、夢で見た……ルリ―ちゃんの過去の続きと思われる、記憶……?

 なんで、こんなときに……?


 夢の中の、声の主は……確か、黒髪黒目の、少女だったっけ…………ビジーちゃんと、同じ特徴だから、無意識のうちに思い出しちゃったのかな。

 だとしても、ビジーちゃんに失礼すぎるだろう、私。


 いやいや、ちょっと疲れてただけだ。忘れよう。甘いものを食べて、忘れよう。


「……あま」


 口にしたクレープは、とっても甘かった。

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