第163話 ルリーの過去⑩ 【崩壊】



「な、なになに、なんなのぉおおお!」


「……うるせえなぁ」


 目の前の出来事を、誰もが理解できない……

 突然現れた魔獣、突然現れた人間、そして人間による殺戮……その光景に、冷静を保てる者などいない。


 叫ぶ人々を、男は忌々し気に見つめ、舌を打つ。

 苛立ちは態度にも表れ、ダンッ、と床を蹴る。


「んなぴーぴー騒がなくても、全員この女と同じとこに送ってやるよ!」


「エレガ」


「あぁはいはい。

 ま、お前らの中に"魔人"になれる素質がある奴がいるなら、生き残れるかもなぁ」


 獰猛に歯を見せ笑う男……エレガと呼ばれた人間は、まるで品定めをするようにダークエルフを見渡す。

 その視線に、ダークエルフたちは怯える……だが、わかっている。


 ここでこのまま怯えていても、事態は好転しないことも。二人の、というより女の様子から、どうやら問答無用で殺戮に及ぶつもりではないようだが……その結果が、先ほどの見張りの彼だとしたら。

 末路は、変わらないことになる。


 だから……


「……お母さん?」


 ルリーの側から、ルールリアは立ち上がる。否、彼女だけではない。

 ダークエルフの女性たちが、次々と立ち上がる。怪我をして戦えないとされていた、男性もだ。


 今、すべきことをするために。


「なんだぁ?」


「……あなたたちを、ここから追い出す」


「……ぷっ、あはははっははは!」


 子供たち、老人を守るように、この場に集められたダークエルフたちは立ちふさがる。

 ここで、むざむざ殺されてやるわけにはいかない。


 しかし、エレガはなにが面白いのか、腹を抱えて笑っている。

 部屋には、ただ男の高笑いだけが響いていて……


「みんな!」


 ルールリアを始め、それぞれが手をかざす。手のひらに込めるのは、自らの魔力だ。

 敵はたった二人。唯一の出口は彼らの後ろにあるが、逆に言えば彼らにも逃げ道はないということ。横に飛んでも、対応できるよう目配せし、一斉に魔法を放つ。


 放たれた魔力の塊は、まっすぐにエレガへと向かって……その身に、ぶつかる。

 ……はずだった。


「……え?」


 困惑の声を漏らしたのは、果たして誰だっただろうか。

 放たれた数々の魔法。合わせれば、並の魔術にも引けを取らない威力を持っていた。


 それが、エレガに衝突する前に……消えたのだ。

 攻撃を相殺されたというのなら、まだわかる。だが、消えたのだ。その場で、パッと。


「っはぁ、んなちゃちな魔法なんざ俺に効くわけねぇだろ!」


 困惑に揺れるルールリアたちだが、次に動くのはエレガだ。

 彼は手に持つ剣を、その場で振るう……すると、風圧が、いや剣圧が飛ぶ。


 その軌道上にいたダークエルフの、胴体が切断された。


「……え?」


「エレガ、また」


「あーわりいわりいって、そう怒んなよジェラ」


 ……こんなにあっさりと、命が失われていく。ただ、彼が腕を振るっただけで。


「あぁあああああ!」


「! ま、待って!」


 直後、ダークエルフたちから次々と魔法が放たれる。もはや、ただ攻撃をぶつける……それだけの強迫観念にとらわれている。

 だが、魔法は届かない。どんなに威力を込めても、数を重ねても。


 エレガは足を進める。その体には、傷ひとつついていない。


「だから、そんなもんじゃ俺には傷もつけられねえよ。

 まだ、外の奴らのが歯ごたえがあったぜ」


「!」


 楽し気に話す、その内容……ルールリアは、目を見開く。

 そうなのだ、そもそもこの建物の周りには、先ほど危険を知らせてくれた男以外にも見張りがいた。その見張りたちは、どうした。どうなった?


 ……ここに来て希望的観測を持てるほど、ルールリアは現状をはき違えていない。


「なら……」


 魔法が通用しないならば。ルールリアは、邪精霊へと語りかける。その力を借り、魔術として昇華するために。

 相手も、魔力を持つ人間のはずだ。この世に生きる者ならば、誰もが精霊と心を通わせる可能性を持っている。


 だが、たとえ相手に魔術を使う技量があるとしても。ここはダークエルフの森。

 ここは精霊が嫌い、邪精霊の好む場所。ダークエルフは邪精霊としか心を通わせることができない。


 つまり……人間である相手は、ここでは魔術を使えない。


「混沌に渦巻し闇の波動よ、その圧力を持って敵を押しつぶせ!」


「みんな、ルールリアの援護を!」


「えぇ!」


 魔術の詠唱を始めるルールリアを、周囲のダークエルフたちは援護する。

 魔術の詠唱中は無防備になってしまうため、その隙を狙われないためだ。それぞれが、魔法を放ち相手の反撃を許さない。


 ……不思議なことに、エレガには反撃の意思が、見られない。魔法が当たらないのは同じだが、反撃しようと思えばできるだろうに。


「沈みなさい!

 闇撃圧力クラッシャプレス!!!」


 ルールリアは杖を構え、魔術を唱えた。瞬間、杖の先端はまばゆく輝き、魔術が発動した。


「お……?」


 ズンッ……と、エレガの上からなにかが降り注ぐ。まるで、なにかに押しつぶされているように。

 目に見えないそれは、いうなれば重力だ。強烈な重力が、エレガの体を上から押しつぶそうと発生したのだ。


 常人なら、この重力に耐えられるはずもない。

 しかし、エレガは立っていた。無事ではないだろう、確かに魔術は効いているはずだろう。


 そのはずなのに……エレガは、不敵な笑みを浮かべて、立っていた。


「はははっ、すげぇすげぇ! なんだこりゃ、動けねえや!」


 押しつぶされるはずの重力を耐えきり、笑みさえ浮かべている。動けないとは言うが、それも本当かわかったものではない。


 だが……敵の言葉を信じるというのも癪だが、エレガの言葉を信じ、ダークエルフたちは次なる行動に移る。


「みんな、今のうちよ! なんとか……逃げて!」


 相手が動けないのならば、追撃するのが定石だ。だが、どういうわけか魔法は通じない。魔術も耐えている。

 ならば、ここは逃げるべきだ。屋内で派手に魔術は使えないし、ただでさえ、ここにいるのは戦えない者ばかり。子供だっている。


 ならば、ここは壁を壊すことになってでも、相手が動けないうちに逃げる。そして、外で魔獣の相手をしている男たちと合流する。

 そうなれば、あの人間たちだって……


「私もいるのを、忘れてもらっちゃあ……」


「ゴォォォオオオ!!」


 エレガの後ろから、ジェラと呼ばれた女が前に出る。彼女は武器を持っていないが、だから油断などできない。

 彼女も同様に、動けなくして……考えていたときに、轟音が、否轟声が鳴り響く。


 直後、壁が、屋根が……建物が、崩れていく。


「! なに、あれ……」


 叫び声が響き渡る……そんな中で、ルリーは見た。見上げるほどの巨体を。

 巨人と言えば、いいのだろうか。大きな人だ……しかし、人と言うには少々以上におかしな姿をしている。


 本来顔のある部位には顔はなく、首からうねうねとなにかが何本も生えている。触手、だろうか。

 さらに、腹の部分には口のようなものがぱっくりと開いており、顔もないのにどこから声を出しているのか、というどうでもいい疑問の答えがあった。


「! ちょっとミュー、なにしてんの!」


「ゴァアアア!」


「ちっ、うざ」


 ジェラは、巨体を見上げ声をかけた。まるで話しかけているようだが、対して巨体からの返答はない。ただの唸り声だ。

 もしも『ミュー』というのが巨体の名前だとすれば、かわいらしい響きとは裏腹にあのおぞましい見た目とは全然掠ってもいない。


 名付けたのが彼女であるなら、そのネーミングセンスは壊滅的と言える。


「あはははっははは!

 あいつに言葉なんか通じるわきゃねぇだろ!」


「動けないくせに偉そうにしないで」


「もう動けるっての、ほら」


 どうやら、今のゴタゴタで魔術が解除されてしまったらしい。エレガは手足をぷらぷら揺らし、健常をアピール。

 ルールリアたちは、子供らを庇いながら、崩れてくる瓦礫を魔法で弾いていく。


「てか、アルファはどうしたのさ。まさかやられちまったんじゃないだろうね」


「さぁなぁ、まあそんときゃそんときだ」


 崩れ行く建物、その中でエレガとジェラだけが涼しい顔をしていた。自分たちが連れてきた魔獣、アルファ、そしてミューが、ダークエルフたちを蹂躙する姿を見ながら。

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