第130話 嫌な予感のする魔物



「な、なんなんですかいったいぃ!」


「いいから、振り返らずに走れ!」


 わけも分からず走れと言われて、この中で一番困惑しているのはキリアちゃんだろう。

 その泣き言はもっともだが、今は説明している時間はない。「ひぃい」と言いながら、全速力で走っている。


 逃げる私たち六人に対して、追いかけてくる魔物は一匹。だけど、人の足と獣の足とじゃ速さが全然違う。


「なぁ、逃げるよりも倒したほうが……」


「確かに、こっちのほうが圧倒的に数も多いんだし……」


「だめだ!」


 前を走るケルさんとヒーダさんが、それぞれ話す。それを止めるのは、ガルデさんだ。

 確かに二人の言うとおり、数の差は圧倒的にこっちが有利。六対一……ルリーちゃんとキリアちゃんは安全なところにいてもらうとしても、四対一だ。

 それに、ガルデさんたちはBランクの冒険者。私も万全だし、魔物一匹に遅れを取るとは思えない。


 ……だけど。


「なんか、嫌な予感がするんだよ」


「……私も同感です」


 渋い表情を浮かべるガルデさんに、私も同意見を述べる。ケルさんとヒーダさんは顔を見合わせて不思議そうにしていたが、納得はしてくれたのかそれ以上追求はしてこない。

 まあ、なにが嫌な予感なのか……なんて追求されても、うまく説明できないんだけどね。


 ともかく、このまま逃げて、ダンジョンの外に出る。入口からはちょっと離れてしまっているけど、このペースなら追いつかれる前に……


「ガォウ!」


「きゃあ!?」


 ……だけど、その見通しは甘かった。後ろから追ってきているはずの魔物が、突然目の前に現れたのだ。

 今、上から降ってきたような……まさか、後ろから私たちを飛び越えて、逃げ道を塞いだのか?


 後ろを確認すると、魔物はいない。追いかけてきた魔物と同一の姿の魔物が現れた、ということではないようだ。

 くっそ……逃げ道を塞がれた。それに……


「ま、まも、の……」


 その姿を見てしまったキリアちゃんが、体をふらつかせる。とっさにヒーダさんが支えたので、倒れることはなかったけど。

 そりゃ、いきなり目の前にこんな凶暴そうな魔物が現れたら、そうなるよな。


 この国の中にいたら、まず魔物を見ることはない。王都にいるモンスターは全部人の手で調教されたものだし、モンスターが魔物になってしまう心配要素もない。

 だから、キリアちゃんくらいの子なら、魔物という存在は知っていても、魔物を見たことはないのだろう。


 それにしても、この魔物……私たちを、逃さないつもりか?

 こうなったら……


「やるしかない、か」


 戦わず逃げられるなら、それが一番だけど……戦わなければ逃げられないのから、戦うしか道はない。相変わらず嫌な予感はあるままだけど。

 太ももに装着していたホルダー、そこに差していた杖を抜き……構える。ガルデさんたちも、腰に携えていた剣を抜いていく。


 大丈夫、魔物なら魔獣と違って、これまでに一人でも倒してきた。今はガルデさんたちだっている。

 私は、ルリーちゃんとキリアちゃんを守るように、前に出る。


「え、エランさん……?」


「二人は、下がってて」


 二人は、私が巻き込んだ形だ。誰か連れてきてもいいと言われて、冒険者に憧れているキリアちゃんと……まあ、ルリーちゃんはどこかから聞きつけてきたみたいだけど……

 とはいえ、私が話を広めなければ、二人が巻き込まれることはなかったんだし。


 ここは、私が一気に……


「えい!」


 杖を構えて、魔法を放っていく。火の玉をイメージし、それを複数ぶつけていく形だ。

 先ほどの機敏な動きはどうしたのかと思えるほどに、攻撃は簡単に魔物へと衝突した。


 激しい音を立て、爆炎が魔物を包み込む。まさか、こんな簡単に当たってしまうとは……もしかして、もう倒せた?

 さっき感じた、嫌な予感は……


「グルルル……」


「!?」


 唸り声が、聞こえる。今の攻撃は、言ってしまえば小手調べみたいなものだった。とはいえ、放った魔法は全弾命中した。

 平然でいられるはずも、ない。


 多少の困惑、その間にも事態は動く。

 爆炎の中から影が飛び出してきて……その身に傷一つ負っていない魔物は、私を襲うために鋭い牙を剥く。


「この……」


「あぶねぇ!」


 向かい来る魔物に反撃しようとしていたところへ、横から別の影が割り込む。

 ガギンッ、と鋭い音が響き、魔物の牙は押し止められる。魔物を止めたのは、ギラリと銀色に光る、鋭い刃。


 その正体は、私を守るようにして立っている、ガルデさんだ。魔物の牙を剣で防ぎ、その場で踏み止まっている。

 さらに、行動を止められた魔物は足を振るい、鋭い爪が迫るが……それをそれぞれ、ケルさんとヒーダさんが剣で防ぎ、弾き飛ばす。


 すごい……標的は私だったのに、三人とも私を守るために即座の行動を取っている。動体視力というか、反射神経というか……それらが、すごいな。


「ありがと、ガルデさん、ケルさん、ヒーダさん」


「なぁに、礼なんかいいさ」


「それよりも、だ」


「あぁ……エランちゃんの攻撃が、効いてねえな」


 私の放った魔法は、確かに全弾命中した。なのに、弾き飛ばられうまく着地した魔物の体には、傷がない。

 本気ではないとはいえ……ちょっと傷つくな。


 魔物は、まるでこっちの様子をうかがうかのように、その場でじっとして……


「って、また来た!?」


 獰猛に叫び、魔物は再び襲いかかってくる。先ほどと同じパターンだ。

 今度はケルさんとヒーダさんが飛び出し、それぞれが剣を振るう。


「せぇい!」


「おらぁあ!」


 振るわれた刃は、魔物の体をたやすく切り裂く……はずだった。


「!?」


 だけど、キンッ、と鋭い音を響かせて、二人は弾かれた。体に刃が、通らなかったのだ。

 魔法が通じないどころか、刃も通らない!? どうなっているんだ!


 魔物は止まらず、私に飛びかかってくる。


「こいつなら、どうだ!」


 再び私を守るように立つガルデさんの身に、魔力の昂りを感じる。これは……身体強化の、魔法か!

 ガルデさんは、自分は魔導にはあまり長けていないと言っていた。それでも、魔力を持つ人間の基礎となる、魔力による身体強化は使えるようだ。


 さらに、それは身体だけに留まらない。その手に持つ剣も、魔力により強化されていく。


「うらぁ!」


 横薙ぎに振るった刃が、魔物の頬に命中し……少しだけ、食い込んだ。

 だけど、それ以上刃が食い込む前に、魔物はその場から飛び退く。どうやら、攻撃が完全に通用しない、ってわけではないらしい。


 ……て、いうか……


「今あの魔物、飛ばなかった?」


 ガルデさんの振るった刃は、確かに魔物の顔を切り裂くはずだった。けれど、そうなる前に魔物は飛び退いた。

 あのとき魔物は、完全にこちら側に飛び込んできていた。勢いよく向かってきて、自分から飛び退くなんてまるで、飛んだようじゃないか。


 いや、正確には、空中でなにかを足場にして、ジャンプしたかのような。


「あの魔物、まさか……」


 一つの予想が、頭に浮かぶ。果たして、そんなことがあるのだろうか。

 だけど、それに納得するように……その答えは、目の前に形になって表れる。


 魔物が……その場でジャンプし、空中に足を置いたのだ。そこに、見えない床でもあるんじゃないかと、思えるほどに。

 それは、間違いない……あの魔物、魔力を纏っている。魔力を足場にして、空中を渡り歩いているんだ。

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