第108話 徐々に追い込まれていく戦況下



「おわわわわ!」


 走り回る私に、迫る火の手。魔力強化で速度を上げているとはいえ、気を抜いたら追いつかれてしまいそうだ。

 結界の中でも、あの炎に巻き込まれたら一発アウトだろう。


 ゴーレムは始末できたけど、一番厄介なのは残ったままだ。サラマンドラの口から吐き出される炎は、直接触れなくても熱い。

 どれくらい熱いかというと、炎が触れた後の地面が若干溶けているくらいの熱さだ。


 しかも、それだけじゃなくて……


「どうした、ただ逃げ回るだけか?」


 サラマンドラを援護するかのように、ゴルドーラが魔法を放ってくる。私が炎を避けた先を予測して、魔法を撃ってくるのだ。

 やばいなぁ、このままじゃジリ貧だ。


 もう一度分身魔法を使う手もあるけど、いくらこっちの数を増やしても、あの広範囲の炎で全員焼き尽くされて終わりだ。

 むしろ、分身の数だけ力が減るから、攻撃を防ぐのも一苦労になってしまう。


 かといって……


「えい!」


 こちらから魔法で反撃してみても、サラマンドラの皮膚には傷一つつかない。

 火も、氷も、風も……諸々のイメージを膨らませて攻撃を放つけど、どれも有効な手にはならない。


 あの巨体と硬さ、それを崩すとなったら……


「やっぱり、魔術……」


 魔獣や巨大ゴーレムにも通用したような魔獣なら、サラマンドラにも効くかもしれない。けど……

 私が魔術の詠唱を放つ隙を、ゴルドーラが待ってくれるわけがない。今も、サラマンドラとゴルドーラの攻撃を避けるのに精一杯なのに。


 魔獣相手の時は、ルリーちゃんと先生のフォローがあった。コーロランのゴーレム相手の時は、浮遊魔法で相手の虚を突けたからうまくいった。

 でも、今回は一対一。あの試合はゴルドーラも見ていたんだし、当然浮遊魔法にも注意をしているだろう。


 そんな相手に、同じ方法でうまくいくとは思えない。詠唱には少なからず集中力がいるのに、こんな状況じゃあ!


「ゴォオオオオ!」


「っ!」


 このサラマンドラ、巨体だからリーチが長いし、巨体なのに速い。それでいて炎まで吐いてくるんだから、たまったもんじゃない。

 攻撃が通らない。サラマンドラの隙をついてゴルドーラを狙っても、当然本人に弾き返されるわけで。ほんっと、せめてあの硬い皮膚さえどうにかなれば、サラマンドラに狙いを絞って……


 ……皮膚が、硬い?


「試してみよっ、と!」


「ん? なぜドラに」


 私は逃げるのをやめて、反転。サラマンドラと向き合う形になり……そのまま、ダッシュ。サラマンドラへと、立ち向かっていく。

 それに唖然とするのは、ゴルドーラと……サラマンドラ自身。だけどすぐに、獲物が自ら飛び込んできた幸運に震える。


 私目掛けて、炎を放つ……私はそれを、体の周りに魔力壁を張ることで直撃を避ける。

 さっきよりも、強固な壁……とはいえ、やっぱり熱は防ぎきれない。でも、この方法しかない……サラマンドラの、開いた口を真正面から捉えるには!


 眼前まで接近し、私は突風で炎を弾き飛ばす。

 一時的でもいい……サラマンドラの大口の、炎を吐いてないこの瞬間を狙って!


「いけぇ!」


 私は、水をイメージ……大気中の水蒸気をたっぷりと含んだそれを具現化させ、巨大な水の玉をサラマンドラの口の中へと撃ち込む。

 何発も、だ。


 皮膚は硬くても、口の中はそうではないはず。おまけに、水ならば火を消す力を持っている……サラマンドラにも、有効なはず!

 これで……


「やはり、狙うとしたらそこだろうな」


「ぶ!」


 しかし……私の目論見は、ことごとく妨害される。

 サラマンドラの口の中へと向けて放った水の玉……それは、口の中へと到達する前に、パンッと弾き割れる。


 おかげで、大量の水が私に降り掛かってきた。

 それを、やってのけたのは……


「……防いだってことは、やっぱり口の中は弱点なんだ?」


「どうだかな。だが、思いついたこと全てを好き勝手やらせるほど俺は寛容ではない」


 ゴルドーラ……! 私が炎の中に突っ込んだのは、ゴルドーラからは炎に包まれた私が見えなくなるから妨害は入らない、とも考えてのことだったのに。

 なんで、あんな完璧なタイミングで、私の攻撃を防げたのか。


「……そういえば」


 ふと、思い出すことがある。使い魔と召喚者とは、切っても切れない固い絆で結ばれている。師匠が言っていたことだ。

 召喚者は使い魔を使役するが……両者の間にあるのは、ただ主従という関係性だけではない。



『召喚者は、使い魔の視界を通じて、使い魔が見ているものも見ることができる。

 この子、私の使い魔なんかは鳥で飛べるから、遠くの景色も視界を共有できるってことなんだ』



 ……視界を、共有する。使い魔が見ている景色を、召喚者も見ることができる、だったか。

 なるほど、それで……私の姿を見失わずに、タイミングよく攻撃を防げた、と。


 視界が共有されているとなると、厄介に厄介が重なって厄介厄介だ!


「とはいえ……このままでは埒が明かんな」


「それは、こっちのセリフだっての!」


 放たれるゴルドーラの魔法、サラマンドラの炎。それらを避けながら、隙を伺わないといけない。

 ……サラマンドラの炎って、『魔力剣マナブレード』で吸収できるんだろうか? ふとそんなことが頭に浮かんだが、それを試すにはちょっと危うい。もし吸収できなかったら、丸焦げになっちゃうよ。


 ……とはいえ、それくらいのリスクを追わないと、状況は膠着して……


「ぅえ!?」


 なにか動きを見せないと、と考えていたところで、先に動いたのはまさかのゴルドーラ。サラマンドラを背後にじっとしているのかと思っていたら……

 私に向かって、突進してきた!?


 魔力強化を足に使っているのか、速い。私は迎撃の魔法を放つけど、それは小さな動きでかわされる。

 私との距離が縮まる……その最中、彼の持つ杖の先端が、光っているのが見えた。


 あれは……魔力を先端に集中している。赤く白く、光って……まさか、いわゆる爆弾か!


「それを、ぶつけようっての!?」


 間近から、高エネルギーを収束させた魔法で一気に叩く……そう考えているのだろう。けど、こんな近くでそんなもの放ったら、自分にもダメージがいくと思うけど。

 私は、魔力を全身に纏わせる。全身強化……全身を見えない鎧で包み込む感じだ。


 これで、大抵の攻撃ならば防ぐことができる……


「そう来ると、思った」


「!」


 小さく呟いた声は、不思議と私の耳に届いた。なんだ、なにが目的だ……?

 ……まあ、なんだっていい。全身を守ったからって、すんなりと攻撃を受けてやるわけにもいかない。


 私は氷の槍を生成し……それを五発、撃ち込む。

 それをゴルドーラは、魔法で弾く……こともなく、さらに私との距離を詰めてくる。その中でも槍をかわすけど、かわしきれないものが体をかすめていく。


「なっ……!?」


 いくら結界内でダメージは抑えられてるとはいえ、自ら身を削って……!? じゃあやっぱ、自滅覚悟で爆弾を撃つつもりか!

 驚愕に、口を開いた私……そこに……


「プレゼントだ」


 その言葉に、不敵なものを感じたが……もう、遅かった。

 ゴルドーラは、杖を振るい先端に光らせていた、小さな玉を放った。


 ……私の、口の中へ!?


「っ!?」


「外側は魔力防御で固めていても、内側はどうかな?」


 若干熱いそれは、私の口の中から喉を通り、そして胸、お腹へと移動していくのを感じて……

 これは、まずい。そう思ったのもつかの間……


 体内で、爆弾が爆発した。

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