第97話 どうして決闘を



 ……コロニアちゃんに、ゴルドーラとの決闘に向けて訓練相手になってもらうことになった。私としては、ありがたい申し出だけど……

 本当に、いいんだろうかという気持ちも湧いてくるわけで。


 だって、ゴルドーラはコロニアちゃんにとってお兄さん……身内だ。その決闘相手と、訓練するなんて。

 それは、お兄さんへの裏切り行為にならないだろうか。それとも、コロニアちゃんってばそこまで考えてないのだろうか。


 ただ実際に、決闘に向けて訓練は必要だなとは思っていた。相手がどんな実力かわからない以上、こちらの準備も整えておく必要ある。

 下級魔導士相当っていっても、下級魔導士がどのレベルなのかわからないしね。


 訓練するに当たって、相手がいるのはとても良いことだ。そして今回、早々に相手を見つけられたのは幸運と言える。

 なにせ、教室でみんなに「訓練の相手になって」と頼んでも、みんな返事を渋るんだもん。クレアちゃんやダルマスでさえだ。

 普段なら、みんな快く引き受けてくれるんだろうけど……今回の相手が、相手というわけだ。


 王族との決闘、それに関わり合いにもなりたくないという話だ。決闘相手、つまり私に協力した場合、それだけで目をつけられる、と危惧しているのだ。

 それが個人だけの問題ならまだしも、場合によっては身内にも目をつけられかねない。だからクレアちゃんも渋ってしまった。

 ま、そういう理由なら仕方ないけどさ。


 そんなわけで、本当なら訓練相手なんかいないところを、コロニアちゃんのお誘いはありがたかった。


「……というわけで、やってきたんだけど……」


 放課後、訓練場へと私は足を運んだ。

 一瞬、この場所でゴルドーラと鉢合わせしてしまうんじゃないかという心配があったけど、どうやら訓練場ってのは学年ごとに一つずつあるらしい。

 だから、一年生の訓練場にいるはずもない。


 訓練場の中へと足を踏み入れた私を待っていたのは、コロニアちゃん。そしてもう一人……


「なんでここに王子様が?」


「エフィーちゃん、いらっしゃーい」


 コロニアちゃんの隣に立っているのは、王子様……コーロラン・ラニ・ベルザだった。まさか、いるとは思ってなかったから驚きだよ。

 それにしても、こうして二人並んでると……すんごい美形の二人だ。もう一枚の絵だよ絵。

 ブロンドヘアーの兄妹、実に映えますなぁ。


 と、私が勝手に目の前の二人を眼福に感じていると……


「エラン……フィールドさん」


「ん?」


 王子様のほうから、話しかけてきた。どうしたんだろう、なんかなんとも言えない顔をしている。

 だけど、妹のコロニアちゃんに背中をポンポンと叩かれ、深呼吸をする。


「あの……どうして、兄と決闘を……?」


 それは、昨日も先生やクレアちゃんに散々聞かれた問いかけだ。

 ただ……なんで、と聞かれても、二人が納得する答えは返せなかったし……そもそも、この答えに納得なんて必要なのかな、とも思う。


 それに、今聞いてきたのは当事者の王子様だ。形としては、私が彼を庇ってゴルドーラに決闘を申し込んだ……と見えなくもない。

 そんな当事者だからこそ、ちゃんと私の口から聞きたいのだろう。


「うーん……」


 とはいっても、私自身、あの行動に後悔はしていなくても、どうしてああいうことをしようと思ったのか、やっぱりよくわかっていないのだ。

 あのとき、胸の奥で、なにかが熱くなった。その正体は……


「……きょうだいなんだから、争わずに仲良くしてほしい、って、思ったからかなぁ」


「……」


 血の繋がったきょうだいでありながら、ああいう風に仲が悪いのが……なんか、許せなかった、のだろうか。

 私の答えを、どう受け取ったのだろう。


 しばらく、無言の時が続いた……けど、それも永遠ではない。


「ぷっ」


 誰かが吹き出すような声。それは、私でもなければ王子様でもない。

 コロニアちゃんだった。


「コロニアちゃん?」


「ぷっ、くく……だ、だって……どんな、すごい理由かと思ったのに……そんな……!」


 なにかが、彼女のツボに入ったのだろう。

 しかし、コロニアちゃんはいつもほわほわしてるから、こうして笑いを抑えているのは新鮮だな。


「こ、コロニア……」


「だって、コーロ兄様から、一連の流れは聞いていたけど……まさか本当に、こんな……」


「……まあ、僕も少し、いやかなり驚いてるけど」


「?」


 私、そんなにおかしいことを言っただろうか?

 ひとしきり笑ったのか、コロニアちゃんは目尻に溜まった涙を拭っていく。泣くほど笑ったのかよ。


 それから、彼女の背中を擦りつつ、王子様は困ったように笑っていた。


「仲が悪い、というか……僕が自分で勝手に、コンプレックスを抱いているだけなんですよ」


「コンプレックス」


 そう話す彼の表情は、なんとも言えない……悲しみなのか、それとも諦めなのか。

 そういえば、クレアちゃんも似たようなこと言ってたっけ。王子様は、お兄さんに対して思うところがあるって。


 自分を認めさせたくて、私のクラスに試合を挑んだ。その気持ちは、なんとなく……わかりたいなとは、思う。


「もう、コーロ兄様にはコーロ兄様の良いところがあるって言ってるのに」


「ありがとう、コロニア」


 コロニアちゃんは、なにをどこまで知っているんだろう。今の彼女は、普段のほわほわした感じとは違って、甘えたがりの妹のよう。

 よう、っていうか実際にそうなんだけど。


 なんとなくだけど、王子様は妹に対して、そこまで弱い姿を見せてはいないんだろうなと思う。妹だもん、強がりたいよな。

 でも、きっとコロニアちゃんはその全てではないにしろ、王子様の悩みに気づいてるんだろう。だから、良いところがあると励ましている。


「さて、と。じゃあエフィーちゃん、やろっか」


 急に、話題転換。なんというかコロニアちゃんらしい。


「エフィー……?」


「あ、気にしないでー」


 そこんとこ説明すると、また脱線しそうだから。

 そもそもここに来た理由は、訓練のため。


 王子様もここにいるってことは、参加するのかと思ってたけど……


「僕は……すまない、できない」


 とのことらしい。

 まあ、自分が発端で決闘騒ぎになったようなものだし。どちらかに肩入れするっていうのも難しいよな。


 ……コロニアちゃんはいいんだろうか。いやいいんだから誘ってくれたんだろうけど。


「気にしないで」


「そうだよー。それに、コーロ兄様が参加したら、兄様のゴーレムに全部潰されちゃう」


「そんな野蛮なことはしないよ!?」


 そんなやり取りを交えながら、私とコロニアちゃんは対面する。王子様は、審判みたいな感じだ。

 これは訓練……なら、ただ力をぶつけ合うようなことはしないと思うけど……


「いっくよー」


 気の抜けた声と共に、コロニアちゃんは杖を振るう。

 すると……周囲の景色に、異変が起こる。なにもなかったその場所に、次々と人影が生まれて……


 ……複数の、ゴーレムが生み出された。


「コーロ兄様みたいに、あんな大きいのは無理だけど。

 小さいのなら、それなりに作れるんだー」


 と、どこか得意げなコロニアちゃん。大きさは、まさに平均的な人の身長って感じ。

 なるほど、これが訓練相手ってわけか……


 面白い!

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