第89話 熱くなる胸の奥
「試合終了!」
ゴーレムを破壊し、王子様に戦闘不能になるほどのダメージを与えてからしばらく……試合終了の声が、響いた。
この試合は、最後まで立っていた生徒がいるクラスが、勝利となる。そして、最後まで立っていたのは……
「勝者は、「ドラゴ」クラス! 両者とも素晴らしい試合だった!」
互いのクラスを称える先生の声。それに、それぞれの反応は様々だ。
喜ぶ者、悔しがる者、互いに健闘を称え合う者……
私は、気が抜けたせいかその場に座り込んでしまう。隣に立っていたクレアちゃんも同様に。
「はぁ、よかった。勝てたわね」
「ね〜、みんな頑張ったよ〜」
「……って、ほとんどエランちゃんのおかげな気もするけど」
王子様を戦闘不能にした私は、その勢いのままに「デーモ」クラスの生徒に魔法をぶっ放していった。
その結果、最後には私を含めた「ドラゴ」クラスの生徒がちらほらと立っていたわけだ。
この結果に、会場だけでなく観客席でも賑わいがあった。それぞれがなにを思っているのかは、わからないけれど……
……周囲を見回すと、ふと、王子様の姿が目に入った。
「……」
彼は、ある一点を見つめていた。どこか、怯えるようにして。
その、視線を追うと……
「…………」
観客席の一箇所……そこに、他の生徒とはひときわ異彩を放つ人物が座っていた。
王子様……コーロラン・ラニ・ベルザと同じ、ブロンドヘアー。けれど、その顔付きは王子様とは違って、威厳ある厳しいものだ。
や、別に王子様に威厳がないってわけじゃ、ないんだけど。
ともかく、本当に私たちより一個二個年上かよ……と思うほどに、貫禄がすごい。
胸元のスカーフは、青色……確か、私たち一年生が赤色で、二年生が黄色、三年生が青色だったもんな。
……というか、なんかあの人、見覚えがあるような……
「エランちゃん!」
「うぇ!?」
耳元で、クレアちゃんの声が響く。
「うぇ、じゃないわよ。エランちゃん、まさか浮遊しながら魔術まで撃てるなんて……」
少し呆れたように、クレアちゃんが言う。
はて。まさか、とはどういうことだろう。
「え、みんなあれくらいできるでしょ?」
「できないわよ! 魔術は言うまでもないけど、浮遊魔法は魔法の中でも扱いが難しいんだから。
それを、あんな自在に浮遊しながら、しかもそれに合わせて魔術を撃つなんて……とんでもないのね」
……どうやら、私が普通にできるだろうと思っていたことは、普通ではなかったらしい。
じゃあ、みんながさっき私のことを見ていたのは、単なる物珍しさからだったってことか。
「だからみんな、私のことを見てたのか。
よかったー、パンツ見られてるのかと思ったよ」
「…………エランちゃん、今度からはああいうことやめてね。やるならせめて下になにか履いてね」
なんでだろう、クレアちゃんがとても複雑そうな顔をしている。
下になにか履いてねって、すでにパンツ履いてるんだけどな。どういう意味だろう。
……まあいっか。ともかく、試合は終わったし、あとはクラスで終わりの挨拶でもして終了かな……と。
私の予想通り、結界外に弾き出された生徒も含めて、改めて終わりの挨拶となった。いやぁ、いい時間だった!
ただ、ゴーレムを倒したことでまたクラスのみんなに、いろいろ聞かれそうだなー。聞かれるの自体はいいんだけど、囲まれるのはちょっとなー。
みんな、クラスメイト同士や相手のクラスの子と話しているうちに、この場を離れてしまおう。
教室に戻るんだから時間の問題だとは思うけど。
「……あれ?」
こそこそ、とみんなから距離を取っていると、ふと一人の男子生徒が、会場の外へと走っていくのが見えた。
あのブロンドヘアーは……王子様か? どうしたんだろう。
試合中も、なんか様子がおかしかったし。あんなに急いで……お腹でも痛かったんだろうか。
もし、本当にお腹が痛いなら、放っておくべきなのだろうけど……なんでか、放っておけない気がした。
だから、私は、バレないように王子様の後を追いかけた。
――――――
「……長い廊下」
王子様の後を追って、私は廊下を歩いていた。会場に入ってきたときは気にしてなかったけど、長い廊下だなー。まあ、会場の広さを思えば当然か。
さて、王子様はどこに……と。
「エランちゃん」
「ぉっ……!?」
あっ……ぶなぃ! 今、思わず声を上げそうになってしまった。誰かに、後ろから話しかけられたのか。
口を押さえつつ振り向くと、そこにはクレアちゃん。
「クレアちゃん……? どったの」
「それはこっちの台詞よ。どうしたの、一人でこんなところ」
あぁ……誰にも悟られないようにしていたつもりが、バッチリクレアちゃんにはバレていたのか。
うーん、なんて答えるかなぁ……王子様を尾行していた、って言いにくいなぁ。実際にそうなんだけど。
でも、ここで誤魔化して引き返すのも……
「…………さい!」
「あ、見っけ」
その時、声が届いた。尾行していた、王子様の声だ。
不思議そうにしているクレアちゃんの口を押さえ、私は顔を覗かせる。この曲がり角の向こうに、王子様がいる。
いたいた。曲がり角の向こう側から、声がする。
えぇと……なんだろ、他にも人がいるな。あれは……
さっき、王子様が見ていた、ブロンドヘアーの威厳ある人? あとその周りに数人。ここじゃ、声がよく聞こえないな。
あんまり、盗み聞きはよくないんだろうけど……気になる。試合中の様子と、今の様子……無関係とは思えない。
なので、魔力による身体強化で、聴力だけを上げる。
「あ、の……兄上、先程の、試合は……」
……兄上? 兄上って言ったの今。
あの王子様、第二王子コーロラン・ラニ・ベルザの兄上ってことは……このベルザ王国の、第一王子ってことだよね。どうりで見覚えがあるはずだよ。ひゃーっ。
で、その兄上に……なんで、あんな怯えた風なんだろう。
「ぼ……私は、その、私の価値を、示そうと、思って……」
なんだろう……価値? どういうことだ?
言葉の文脈から察するに……さっきの試合は、王子様の価値を示すために、やったってこと、かな。なにがなにやら。
……ふと、試合中に棄権した、筋肉男の言葉が脳裏をよぎった。
『ワタシにはねぇ、こんなバカバカしい催しに……彼の独りよがりのワンマンプレーに付き合ってやる義理などないのだヨ』
あのときは、意味不明な男が意味不明なことを言っているなと思ったけど……彼、ってもしかして、王子様のことだったりする?
王子様が、自分の価値を示すためにこの試合を企画した……だから、独りよがりのワンマンプレーだってことか?
……あいつ、ここまでわかってて……いやいや、そんなはずないよ。なんかそれっぽい棄権の理由を述べたら、それっぽい展開と一致しただけだ。
「エランちゃん……?」
「しっ」
ただ、気になることがある。『自分の価値を示す』って、なんだ?
試合中、負けるわけにはいかないと繰り返していたのと、関係あるんだろうか。
「ねえクレアちゃん。あの王子様って、お兄さんに対してコンプレックスとか持ってたりするの?」
「え、なにいきなり……さあ……
あ、でも……優秀な兄に対して比較されることがある、って聞いたことあるわね。
あ、これ内緒よ? あと、私はそう思ってないからね?」
……なるほど。王子様は、兄が優秀だからこそ自分もそうであるべきと、価値があるのだと示したかった。だから、試合に勝つことでそれを証明しようとしたと。
だから、あんな絶望した態度だったのか。ゴーレムを破壊されたとき。
自分の価値を示したいなら、素直に私に決闘を挑めばいいとも思ったけど……王族がおいそれ決闘なんてできない、とどっかで聞いた気がする。
それに、クラス対抗で勝てば自分が所属してるクラスの力も、証明することができる。クラス全体の、指揮官としての価値も上がる。
その結果が……負けか。
王子様は、お兄さんになんて言われるのか、不安なのか。でもまあ、あそこまですごい魔術を使えるんだから、むしろ褒めるくらいはするんじゃ……
「……誰だ、貴様は」
「……ぇ」
……それは、予想もしていない。耳を疑う言葉だった。
「あ、兄上……」
「我が弟に、敗者などいない……いや、敗者であるはずがない。貴様は、誰だ」
……王子様と似た顔で。王子様とはまったく違う冷たい瞳で。とんでもないことを、言い放ったのだ。
それに動揺するのは、あの場で王子様ただ一人。
「勝手に他クラスに試合を申し込み、盛り上がるのは結構だが……試合であろうと、王族が負けることなどあってはならない。
ゆえに、貴様はもう、我が血族ではない」
「……」
な……んだよ、それ。
どんな事情があるのか知らない。王族ってやつの決まりなのかもしれない。私が知らないだけでそういうのが普通なのかも、しれない。
でも、だとしても……それはあんまりじゃないか。決闘でもない、クラス対抗の試合で負けただけで。弟じゃない?
そんなこと、言うのか。
……血の繋がった、"きょうだい"じゃないか!!
「え、エランちゃん!?」
不思議と、胸が……胸の奥が、熱くなっていくのを感じる。
気づけば、私は……一歩、また一歩と足を踏み出し。彼らの前に、姿を見せていた。
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