第88話 非情さも必要
ゴーレムは、私の撃った魔術により粉々に破壊された。
これで、あの土人形の脅威はなくなり、改めてクラスメイト同士の試合へと戻る……そう、思っていたんだけど。
杖を向けた先にいる王子様は、抵抗してくるどころか、その場で膝をついてしまった。
膝から力が抜け落ちる……とは、こういうことを言うんだろうな。
「あ、えっと……?」
さすがに、私も予想外だ。ゴーレムを生み出すほどの魔術の使い手となら、いい勝負ができると思っていたんだけど。
まさか、こんな……
……王子様は、私を見ている。だけど……私を、見ていない……?
「ど、どうして、こんな……いや、だめだ……
この、ままじゃ……ぼくは……」
なんか、ぶつぶつ言ってるし。こんな姿、クラスメイトたちに見られたらえらいこっちゃじゃないだろうか。
まあ、幸いと言うべきか、ゴーレムが崩れ落ちた衝撃で土煙が巻き上がり、周囲はあんまり遠くまで見えない。
今この場には、私と王子様の二人だけだ。
もちろん、煙で見えない部分から狙われる可能性はあるから、注意は怠れないけど。
さて、この王子様、どうしたもんか……
「こんな……ぼくは、成果を……上げないと……」
「……?」
言っていることは、チグハグ……だと思ったけど、なんだか意味のある言葉のように思えてきた。
それに、今の王子様の姿は……まるで……
「ねえ……なにを、怯えているの?」
「……っ!」
まるで、怯えているみたい。……それを指摘すると、王子様の肩はピクッと震えた。
呆然としているようで、私の言葉はちゃんと聞こえていたのか。
なんで、そう思ったのかわからない……でも、そう思ったんだ。普段の王子様……をそもそも私は知らないけれど。
それでも、今の王子様はなにか、責任感のようなものに追われて、自分を追い込んでいる……そう、感じたのだ。
いったいなにに怯えているのかも、わからないけど。
「ねぇ……」
「くっ……そうだ……!
僕……私は、負けるわけにはいかない……!」
私がその理由を聞く前に、王子様はゆっくりとだが立ち上がる。
その動きは、力の抜けた足に無理やり力を込めて立ち上がっている、実にゆっくりとしたものだ。隙だらけ、ではある。
だけど、その姿に攻撃するのは、なんだか躊躇われた。
「まだ、終わってない……!」
「……そうだよ」
さっきまでぼんやりしていた目をしていたけど、今は目に光が宿っている。ちゃんと、意思が見える。
杖を構え、私を倒すべき相手として、見ている。
うん、いいよ。そもそも試合を申し込んできたのはそっちなんだから、勝手に落ち込まれても困る。
ゴーレムを倒したで終わりではつまらない。ここで、魔導士としての第二回戦といこ……
「え、エランちゃぁん!」
「ん?」
こっから激しい魔導戦が始まる、と覚悟していたところに、叫び声が聞こえる。クレアちゃんのものだ。
なんだなんだ、いったい。切羽詰まったような……
「避けてぇ!」
「はぇ?」
続いて聞こえてきたのは、避けて、というひどく曖昧なものだ。土煙で見えないけど、クレアちゃんの声は後ろから聞こえる。
ということは、後ろからなにかがあるんだろう。
なにかはわからないけど、クレアちゃんの声に従い、その場から右へとズレることにする。
その直後、私の左側をなにかが過ぎ去っていき……
「ぐぇ!」
「くぁは!?」
過ぎ去ったなにかは、私の正面に立っていた王子様に衝突した。とっさのことに、反応できなかったようだ。
私はなんとか、クレアちゃんの声だから反応できたけど……これがよく知らない人の声なら、反応できなかったかもしれない。
王子様に衝突したのは、一人の男子生徒。完全に伸びてしまっている。王子様は、その下敷きにされている。
なんで男子生徒が飛んできたのか。その答えは一つだ。
「ご、ごめんごめん! 危うく当たっちゃうところだった。勢い余っちゃって」
「……今の、クレアちゃんが?」
駆け寄ってくるクレアちゃんは、膝に手を当て、ハァハァと息を整えながら謝罪する。
もしかして……いや、もしかしなくてもだけど……この男子生徒は、クレアちゃんがふっ飛ばしたものなのだろうか。
今、勢い余っちゃってって言ってたし。
「あははは。
……あ、取り込み中だった?」
「ん……」
すでに戦闘不能と判断されたのだろう、男子生徒は結界の外へと弾き出される。残ったのは、ふっ飛んできた男子生徒に押しつぶされた王子様だけ。
本当ならば、これから魔導対決へと洒落込もうと思っていたところだったんだけど……
……まあ、クラス対抗の試合だし。
「いや、なんにもないよ」
こんな形で決着をつけるのは、満足いくものとは言えないけれど……魔導士には、時に非情さも必要だって、師匠は言っていた。
だから、これは仕方ない。仕方ないことなんだ。
男子生徒とぶつかった衝撃で、意識がはっきりしていない王子様。彼を、見下ろしたまま私は……自分の魔力を、高めていく。
イメージするのは火の玉。それを、掲げた杖の先端に作り出す。動けない相手に、こんなこと、私の良心が痛む。だけど、仕方ないことだから、仕方ないんだよ。
まだ土煙で、近寄ってきたクレアちゃん以外周囲の人は気づいていない。だから、この光景を見られることもない。
これは、そう……王子様という立場の人間が、やられちゃうところをみんなに見せないために、今のうちにとどめをさしてしまおうという私の心遣いだ。みたいなものだ。
そんな、誰に向けてかわからない言い訳を重ねつつ私は……
「えいっ」
高温の火の玉を、倒れたままの王子様にぶつけた。
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