第86話 やっぱりおかしいよ



 ゴーレムを生み出すほどの魔術を使った、コーロラン・ラニ・ベルザ。彼とついに対峙する。

 周囲ではすでにゴーレムによる被害が広がっている。あの巨体で歩いて回るだけで、被害が出てくるもんな。


 ゴーレムを倒す方法は、直接倒すか術者を倒すか。

 前者は、この混乱入り乱れた状況では難しい。その点、後者ならば単純だ。


 目の前の王子様を、ぶん殴ればいいんだから!


「……よほど、余裕があるみたいだね」


「へ?」


 突然、王子様が口を開く。

 今の、私に言ったのかな。言ったんだよね。


「余裕なんて、そんなことないけど」


「だって、笑ってるじゃないか」


「……」


 その指摘に、私は……驚いた。だって、自覚のないことだったから。それに、自分の顔は見れないし。

 私は……笑ってる、のか。そうなのか。


 頬を触ってみると、確かに口角が上がっているような、気がした。


「これは……多分、楽しいんだよ」


「楽しい?」


 自分でも、理由はわからないけど……

 この状況で笑ってるってなれば、一番高い可能性は一つ。楽しいからだ。


 あんなゴーレム、初めて見た。師匠も、やろうと思えばあのくらいのゴーレムは作れたのかもしれないけど……それは、私の想像だ。

 実際にやって見せてくれた王子様。その実力は、もはや疑うこともない。


 これが一対一の決闘だったら、真正面からゴーレムとやり合ってみるのも一興だったけど……

 これは、クラスの試合だもんな!


「この試合が終わったら、改めて決闘を申し込むのも……」


「……なんだか物騒なことを考えられている気もするけど、そんな悠長に構えてていいのかい?」


「それもそうだ」


 こうしている間にも、クラスメイトたちは襲われている。これがクラス対抗の試合である以上、私だけが張り切ってゴーレムをどうにかしようと考える必要はないんだけど……

 ゴーレムを初めて見たばかりのみんなが、すぐに対応できるとは思えない。


 と、いうことで……


「じゃ、遠慮なくいかせてもらうよ!」


 私は体内の魔力に集中し、杖を構える。次の瞬間、宙に氷の槍がいくつもできあがる。

 それが一斉に、王子様へと放たれる。本来ならば当たれば串刺しなこの魔法も、結界内では大したダメージにはならないだろう。


 それでも、素直に攻撃をくらう王子様ではない。

 さっき私の拳を防いだように、魔力障壁で攻撃を防ぐ。


 ……やっぱり、単調な攻撃じゃ効かないか。


「だったら……!?」


 次に攻撃を仕掛けようとしたけど、ふと妙な気配を感じて、その場から飛び退く。

 その直後、別方向から放たれたであろう火の玉が、私が立っていた場所に直撃した。


 誰だ……って、聞くまでもないか。


「ちっ、外れたか!」


 そこには、「デーモ」クラスの生徒。いや、そこだけじゃないな。

 いつの間にか、ぞろぞろと現れた生徒たちが、私を囲みつつある。


 ウチのクラスメイトは……あちゃー、ゴーレムの方にかかりきりになっちゃってる。


「ゴーレムを使えば、キミと他のクラスメイトを分断することも容易いからね。

 悪いけど、数で押させてもらう」


 やっぱり、意思ある魔術は厄介だなー。土人形なのに剣の刃も通らないほど体は硬いし、歩くだけで被害は拡大だ。

 そのせいで、パニックに陥り……そこを、「デーモ」クラスの生徒に狙われる。それも、少人数で事足りる。


 残った人数は、私に回してきたわけだ。


「いいよ、悪いとかそんなの気にしないで。

 ……すぐ、終わらせるから」


「?

 ……っ、みんな、ここから離れて!」


 さすがは王子様、いち早く気づいたみたいだな。

 でも、もう遅い!


 私は、こっそりと魔力を練り上げて……自分を中心に、爆発を起こすイメージを浮かべていた。そして、一定の距離に人が集まってきたところで、そのイメージを解放。

 具現化したイメージは形となり……私を中心として、爆発が起こる。


 当然、一定の距離にいた生徒たちは巻き込まれる。


「おわぁ!?」


「っ!」


 それぞれ叫び声があり、爆発が直撃した者、余波を受けた者が出てきたのがわかる。

 残念ながら王子様は、魔力障壁で身を守ったみたいだけど。


「く……しかし、自分を中心に、そんな爆発……自分もただでは……!?」


 王子様の懸念も、最もだ。だけど、爆風が晴れた私は無傷……それを見て、王子様は目を見開く。

 それもそうだ。私は、爆発を起こすと同時に、自分の体を魔力障壁で纏って、身を守ったのだから。


 ……なんだろう、王子様や爆発から逃れた生徒たちから、信じられないものを見るような目で見られているような。


「……み、自らを爆発させるのも意味がわかりませんが……

 同時に、魔力障壁で身を守れるなんて。どうなって、ますの」


 困惑したような、ノマちゃんの声。


「え、そんなにおかしい……?」


「おかしいですわよ!」


 そ、そうなのかぁ……おかしいのか。

 師匠には、魔物に囲まれたとき、この方法が効果的だって教えてもらったんだけど。自分を中心に爆発させれば囲んでいた相手を倒せるし、魔力障壁で身を守れば自分は爆発を受けないし。


 信じられないもの、そして危険人物を見るような視線が、私に浴びせられる。

 ……まあ、いいか。


「これで、数もだいぶ減ったかな」


 なんにせよ、これで数も結構減ったはずだ。

 向こうでゴーレムにやられているウチのクラスメイトと比較しても、どっこいどっこいってとこか。


 なんかいきなり爆発する危険人物、という認識がすり込まれたのか、みんな寄ってこない。それならそれで、好都合だ。

 このまま、一気に……


「……だめだ、こんな……」


「ん?」


 それは、一瞬誰の声なのかわからなかった……けど、すぐにわかった。聞こえる距離でも、声量でもないのに……なぜだろう、わかった。

 王子様……コーロラン・ラニ・ベルザのものだ。彼はうつむき、杖を持ったまま……もう片方の手で、頭を抱えている。


 なんだろう。さっきまで、自信に満ち溢れた様子だったのに。

 今の姿は、まるで……


「だめだ……だめだ、だめだだめだだめだ……」


「こ、コーロラン様?」


 その異様な姿に驚くのは、私だけではない。

 彼に片思いしているノマちゃんも、動揺を隠せていない。初めて見る姿なんだろう。


 なんだろう……なんかわからないけど、ヤバい気がする。


「だめだ……私は……ぼ、僕は……示さないと、いけないんだ…………認めて……わないと…………だから……!」


「……?」


 なにか、ブツブツ言っている。その意味はわからないけれど……

 その直後、うつむいていた目が、私を捉えた。


「ゴーレム! 標的を変更だ!

 エラン・フィールドを! 今すぐ! 倒せ!」


 一心不乱に、クラスメイトたちを襲っていたゴーレム……それが、術師であるコーロラン・ラニ・ベルザの命により、動きが止まる。

 その首が……ギギギ、と、私へと向けられて。


 ゴーレムの標的が、私へと変わった。

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