第79話 あぁ懐かしき宿屋



「それにしても、元気そうでなによりだよ!」


「タリアさんこそ!」


 店内に入った私たちは、多人数席に腰を落とす。

 私、クレアちゃん、ルリーちゃん、ナタリアちゃん、ノマちゃんが座っても、まだ席に余裕はある。


 さすが宿屋。お客さんがいっぱい来るからか、席もたくさんあるってことみたいだな。


「しかし、クレアはちゃんとやってるかい?」


「もっちろん。

 同じクラスなんだけど、いつも助けられてるよ!」


「やめて、恥ずかしい!」


 とりあえず、お店のおすすめを注文して、料理が出てくるまで待つことに。

 やっぱり、休日のお昼だからか……お客さんも、多いなぁ。


 いつもいた冒険者の皆さん……ガルデさんたちは、いないみたいだ。

 まあ、こんな休日の日にまでかち会ったら、ちょっと怖いけど。とはいえ、久しぶりに会ってもみたかったな。


 たった数日なのに、もう懐かしいな。


「おい、聞いたか? また例の……」


「あぁ、"魔死まし"者だろ? 今年に入って何人目だ?」


「ん?」


 人で賑わっている、ということは、耳をすませばその会話が多く聞こえてくるということでもある。

 そのつもりはなかったけど、近くの席で話している内容が、聞こえてきてしまった。


 なんの話だろう……なんだか、物騒な感じがするけど……


「エランさん?」


「ん、なんでもない」


 まあ、気にすることはないよ。今私たちは、おいしいご飯を食べに来ているんだから。

 私には関係ないことだしね。


 それから料理が来るまでの間、主にクレアちゃんの話で盛り上がった。

 ここ『ペチュニア』は、クレアちゃんの実家なのだから。クレアちゃんは、まさか実家のことでいろいろ聞かれると思っていなかったからか、しどろもどろだ。


 そうこうしているうちに、料理がやってくる。


「うーん、おいしい!」


「あら、ありがとうねぇ。

 エランちゃんはおいしそうに食べてくれるから、作りがいがあるわ」


「うん、本当においしい」


「ですわね!」


 どうやら、ここを初めて訪れた二人にも、好評のようだ。

 ナタリアちゃんもノマちゃんも、入学前にはこの宿には泊まっていなかったようだけど、知っていたら間違いなく泊まっていたのに、と悔しがっていた。


 こりゃ、元々ここを教えてくれたギルド受付の、おっぱい大きいお姉さんに改めて感謝だな。


「食堂のご飯よりおいしいかも〜」


「あっはっは、嬉しいこと言ってくれるねぇ!」


 お世辞抜きに、本当にそう感じる。

 学園の食堂のご飯もそりゃおいしいけど、ここのはまた格別だ。


 注文していた料理はみるみる減っていき、あっという間に空に。


「ふはぁ、食べた食べたー」


「とても満足ですわ」


 食事を終えた私たちは、一様に満足。

 初めてこの宿屋に来たナタリアちゃん、ノマちゃんも大満足の表情だ。よかった。


 寮生活になって、離れたのは寂しいけど……こうして、休日に来られる距離にあるのは、いいことだよな。


「にしても、タリアさんも忙しそうだねぇ」


 ちょくちょく顔を見せてくれるタリアさんだけど、店内は結構お客さんがいるからか、あちこち動き回っている。

 従業員に任せるだけじゃなく、自分からも積極的に動いている。


 それに、タリアさんが人気だってのもあるみたいだ。

 常連のガルデさんたちからは、姐さんなんて呼ばれていたくらいだし。


「いやぁ、いいお母様じゃないか」


「うっ……あ、あんまりそういう、恥ずかしいこと言わないでよ」


「恥ずかしくなんかありませんわ、立派ですわよ」


 その様子を見て、ナタリアちゃんとノマちゃんは感心している。

 うーん……貴族の女性……母親って、どんな感じなんだろう。まさか全員が全員、肝っ玉母さんこそタリアさんみたいな感じじゃないだろうし。


 階級を比べるわけじゃないけれど、二人ともいいとこのお嬢様なんだろう。貴族とはいえ下級であるアティーア家のこの様子は、二人にとって新鮮に映るんだろうな。


「でも、なんでこんなに賑わってるんだろう」


 店が賑わうのはいいことだ。でも、少し不思議でもある。

 私がここに泊まっていたときは、こんなにも繁盛していなかった気がするけど。


 それに……利用しているお客さんの服装。一般の人というより……なんか、憲兵の人みたいのが多い。

 あの服……そうそう、初めて会った門番のおじさんみたいに、鎧着ている人もいるしね。


 おじさん元気かなぁ。


「悪いねぇ、慌ただしくて」


 そこに、タリアさんが額に滲んだ汗を拭いつつ、やって来る。


「いえいえ。

 それだけお店が賑わっている証拠でしょう」


「ま、結構珍しいんじゃないの、この賑わい」


「この子ったらかわいくないねぇ」


 この宿屋の看板娘だったクレアちゃんは、ちょっと辛辣だ。そういやこういう子だった。

 タリアさんもそれをわかってか、呆れ気味だ。


「最近物騒だからねぇ。

 憲兵さんの見回り強化の影響で、人も増えてるのさ。嬉しいやらそうでないやら……複雑だよ」


 周囲を見渡して、タリアさんは苦笑いを浮かべる。

 最近物騒だから、そのために見回りの人間が増える。すると、休憩のためにここを利用する客も多くなる、ということだ。


 客が増えるのは嬉しいが、それが最近の物騒さからくるもの……となれば、複雑なのもその通りだろう。

 ……というか。


「物騒って、なにかあったの?」


 この宿屋にこれだけの憲兵さんがいるんだ、他の店も利用していることだろう。

 となると、それだけの人数が動く"なにか"があったってことだ。


 すると、タリアさんは声を潜めて……


「食事……は終わってるみたいだけど。あんまり気持ちのいい話じゃないよ?」


 前置きを言う。

 物騒って言うからには、まあそりゃ……そうなんだろうな。一応みんなに確認を取る。


「うん、ボクたちも気になるかな」


「えぇ」


「なら……って言っても、私も詳しいことは知らないんだけどね。

 ……ここいらで、妙な死体が増えているって話だよ」


「妙な……」


 声のトーンを落とし、話すその内容は……なんとも、要点を得ないものだった。

 死体、と聞いてゾワッとしたけど……うん、大丈夫。それよりも、だ。


 妙な、とはどういう意味だろう。

 ただ、それを聞いてもタリアさんは首を横に振るのみ。自分も、噂程度でしか聞いたことがないのだと。


「……さっきの……」


 もしかして、だけど……さっき聞いた、"魔死まし"者という謎の単語。

 それが関係しているんじゃないかと、妙な予感があった。

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