第71話 殺戮の夜



 森の妖精……まとめてエルフ族と呼ばれる彼らは、実際には二種類がある。

 それが、エルフと、ダークエルフ。私の友達であるルリーちゃんも、ダークエルフだ。


 綺麗な金髪、透き通るような白い肌……それがエルフの特徴だ。

 けれど、ダークエルフはその対称的。綺麗であることに変わりはないけど、銀髪。そして、褐色の肌。

 長く尖った耳と、宝石みたいな緑色の瞳は、共通だ。


 そんな綺麗な種族なのに、この王都パルデアではその姿をまったく見ない。

 ルリーちゃんは、認識をずらすという魔導具を使って、自分がエルフだとバレないようにして学園に通っているわけだけど。


 なぜエルフ族の姿を見ないのか。それは、エルフ族が人々から嫌われているから。

 入学試験の際、ルリーちゃんに対するダルマ男の態度。それに、あのクレアちゃんまでもエルフとは関わるな、なんて言ってくる始末。


 エルフが、なんで嫌われているのか……


「……ごくり」


 ページを捲ろうとする手が、震える。

 そこにどんな事実が書いてあっても、私はルリーちゃんから離れることはない。けど……どんな事実が隠されているのか、緊張はする。


 何度か、深呼吸をする。

 そして、いよいよページを捲る。


「エルフは、始まりの種族……当時は"めい族"と呼ばれていた。

 同じく始まりの種族である、"竜族"、"鬼族"、"魔族"と対等な関係を結んでいた。


 ……しかし、ある時に事件が起こる」


 始まりの四種族……そんなこと言ってたな。

 確か、その四種族にちなんで、クラスの名前が付けられたとか。



『彼らは、今やその姿を見せていない……どこかに隠れて暮らしているのか、種族ごと絶滅してしまったのか』



 先生は、こう言っていたな。

 てことは、始まりの種族が存在したのは、結構昔のこと……なのかな。私、聞いたことないし。

 ……まあ、私の場合、世界の常識も知らない無知者でござんすけど。


 ともかく……それが結構昔に起こった事件だって言うなら、今に至るまでの間尾を引いているってことだろう。

 始まりのって言うくらいだし、数年数十年の出来事ではない。何百、何千……

 いや、もしかしたらもっと……


 それほどの昔に、いったいなにが……


「それぞれの種族は、互いにルールを定めて、干渉はしつつ一定の距離を保ち、平和に過ごしていた。

 しかし、その平和が……均衡が崩れる事件が、起こった。

 その発端を起こしたのが、命族である」


 始まりの四種族……その、均衡が崩れた、だって?


「命族は、魔力を感じ、操ることに長けた種族。

 彼らはその力を振るい、始まりの種族……命族を除く竜族、鬼族、魔族を次々と、ほふっていった……!?」


 文字を読み進めていくうちに……指先が、声が震えていくのがわかる。

 ここは図書室、静かにするために小声で読み進めてはいる。声に出した方が頭に入ってくるから。


 小さくても、自分の声が震えているのが、わかる。


「竜族、鬼族、魔族の三種族は結託し、エルフへ対抗を試みたが……

 当時の闇の魔術士、ダークエルフの力は膨大で、その力はすべてを飲み込んでいった」


 ……闇の、魔術士。

 ルリーちゃんが使っていたのも、闇の魔術だった。それは、彼女がダークエルフだから。


 その、闇の魔術士ってのが三種族を、攻撃した。理由は分からないけど。

 抵抗しても、それは虚しいものだった。おそらく、エルフは用意周到に、三種族を屠る準備を進めていたのだ。


 誰だって、今日一日が平和に過ぎ去ると信じている。けれど、そうはならなかった。

 日常は壊されてしまった。仲間と思っていた者の手によって。


「たった一夜にして、竜族、鬼族、魔族は壊滅的な被害を被った。

 これを後に、"殺戮の夜"と呼び……彼らが種族ごと滅びるのに、時間はそうかからなかった」


 殺戮の夜……物騒な名前だ。

 けれど、種族ごと滅ぼされてしまうような事件……そう呼んでしまうのも、仕方ないだろう。


 まず、種族を治める長が殺された。それから、有力な国々……彼らの支配していた領地……

 生き残りがないほどに、徹底してダークエルフは、猛威を振るった。


 邪精霊と闇の魔術さえあれば、そのような取りこぼしも防ぐことが出来る。

 なにせ、闇の魔術は人を殺すことに特化した……いや、人を殺すためにある、魔術なのだから。


「……っ」


 人を殺すためにある魔術……その一文に、私は息を呑んだ。

 そんな魔術……魔術は、魔法は、人を幸せにするためにあるものじゃないのか?

 そりゃ、朝の魔獣騒ぎみたいに、生き物を攻撃してしまうこともあるけれど……


 ……いや、違う。

 だってルリーちゃんは、私を助けてくれたじゃないか。闇の魔術だって、私を助けるために、使ってくれた。


 人を殺すためにあるなんて、そんなものあるはずがない。


「彼らが全て滅んでしまうより前に、この事件は後世へと伝えられた……

 なお、著者はくだんの事件を目撃した人間の、子孫である」


 始まりの四種族……だけでなく、当時にはすでに、人間もいたのか。

 この本を書いたのは、事件を目撃した子孫……ならば、信憑性は高い。


 けれど……始まりの種族は滅ぼされたのに、その人は無事だったのか、その人だけじゃない、当時を生きていた人たちもだ。

 なんで、エルフは人間は、滅ぼさなかったんだろう?


 この話が真っ赤な嘘……でなければ、そこになんの意味があるんだ。


「……そう言えば、さっきから三種族を滅ぼしたのは、ダークエルフとしか書いてないな」


 いつの間にか、本にはダークエルフの名前しか出ていない。

 少なくとも、殺戮の夜のことに関しては。


 ……事件を起こしたのは、ダークエルフだけってことか?

 じゃあ、エルフはなんにも関わってない……みんなから、嫌われる理由なんて……ないはず。


「……もしかして」


 世間では、エルフとダークエルフはまとめてエルフ族と呼ばれるようだ。

 つまりは、同じ扱いを受ける可能性が高いというわけで……


 ……事件を起こしたのはダークエルフだけど、同じ種族って理由で、エルフも嫌われている?


「つまり……ダークエルフの、とばっちりで嫌われている……?」


 そうであるなら……納得できる部分も、ある。

 ダークエルフは、同じ種族であるはずのエルフにも嫌われていると……汚らわしい種族として扱われていると、ルリーちゃんは、言っていた。


 なんで、同じ種族で嫌われるんだ、と思っていたけど……

 もし、ダークエルフの行いのとばっちりで、エルフも世間から疎まれてしまったのだとしたら……


「まあ……嫌われちゃう、のかなぁ」


 自分たちはなにもしていないのに、ただ姿がそっくりな別の種族が悪いことをしたから、自分たちも同列に扱われる……それはなんて、理不尽だろう。

 自分がなにか悪いことをしたならともかく、関係ない人が……それも、似た種族の人が、悪いことをしたって理由で、嫌われてしまう。


 しかも、ダークエルフは邪精霊に好かれる。エルフにとって、邪精霊はいい存在じゃない。

 理由としては、充分……なのだろうか。


「でも……」


 エルフが……というより、ダークエルフがしてきたことはわかった。

 なるほど種族ごと滅ぼすようなことをするなんて、恐れられ嫌われても仕方ないかもしれない。

 始まりの種族とは、いわば今の世界を作った存在だ。それを殺し尽したとなれば、歴史を重んじる人たちにとってはとんでもない話だろう。


 でも……そこに、ルリーちゃんは……今生きているエルフは、関係ないではないか。

 いくらエルフが長寿と言っても、この当時から生きている人はいないだろう。いや仮にいたとしても全員が全員なわけじゃない。


 なのに……ルリーちゃんが、あんな目に遭うのは、やっぱり……おかしいよ……!

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