第53話 貴族と平民の格差
「……だから私は、こう言ってやったんだよ。
そんなに待ちきれないなら、自分の髪でも食べてなさい、って。
そしたら、本当に髪をむしゃむしゃしちゃってさぁ」
「あははは、まあ、フィールド様ったら」
食堂の一角にて、私たちはお茶会を開いていた。
メンバーは、私とクレアちゃんを誘ってくれたカリーナちゃん、ロリアちゃん、ユージアちゃん。
そこに後二人を加えた計七人だ。
貴族も平民も関係ない、というカリーナちゃんの言葉通り、内一人は平民の子だ。
最初は委縮していたけど、時間が過ぎていくほどに慣れてきたみたい。
「まったく、師匠ったらだらしなくてさー」
「ホント、フィールド様はグレイシア様のことが大好きなんですのね」
「えぇ。先ほどからお師匠のお話ばかり」
「あ、う……
ま、まあ……」
誰が話の中心にいる……というわけではないのだけれど。
私が口を開くと、みんな興味津々といった風に話を聞いてくるのだ。
「け、けど、ちょっと意外。
てっきり、私から師匠のことをいろいろ聞きたいから、お茶会に誘ってくれたのかと……」
「まあ。私たち、そんな目でフィールド様のことを見ては……いない、とは嘘になりますけど。
でも、そんな理由でお声をかけたわけでは、ありませんよ」
「というか、師匠のことを話しているのはエランちゃんの方じゃない」
「ですわ」
「それは……その通りだね」
私の予想とは外れ、みんな師匠のことを聞いてはこなかった。
むしろ、自分からペラペラと、師匠のことを話していた。
だってしょうがないじゃないか、話の種って言ったら……
人生の半分以上を一緒に過ごした、師匠との思い出しかないんだもの。
「まあ……グレイシア様がお弟子を取っていたというのも驚きですが、まさかそのお弟子と共のクラスになれるだなんて」
「えぇ、夢のようですわ」
「ご本人のフィールド様も、とても面白い方ですし」
「ん、んん……
というか、普通にエランって呼んでよ。なんか、恥ずかしい」
なんか、勝手に自滅して面白い人になっていってる気がする……
つまらないと思われるよりは、いいんだけどさ。
師匠の弟子、としてだけではなく。私個人を見てくれている。
あぁ、いい人たちだなぁ。
「フィ……エラン様が、そうおっしゃるのでしたら」
「様もいらないけど……
シルメィちゃんとキリアちゃんも、気にしないでいいからね」
「わ、わかりました」
「あ、は、はい」
もう一人の貴族であるシルメィ・バンテンちゃん。そしてこの場で唯一の平民、キリアちゃんにも、私は笑いかける。
ルリーちゃんを見ててわかるけど、平民ってのはなんとも立場が弱い人間らしい。
まあルリーちゃんの場合は、平民ってだけの理由ではないんだけど。
どうやら、歴史ある貴族に対して、そもそも平民風情が同じ目線で立つことが許せない……って思ってる奴も多いらしくて。
もちろん、魔導第一のこの学園では、貴族と平民の差別をするようなことはない。
……表向きは。
入学試験時のダルマ男しかり、見ていないところで差別する奴もいる。
平民だ、自分とは流れている血が違うんだ、って下らない理由で。
「お金持ちの貴族に比べて、平民はまともな環境で鍛えられない……
それにも関わらず魔導学園に合格したって、すごいことだと思うけど」
「え?」
「あ、声に出てた?」
しまった、うっかり声に出ちゃったか。
……でも、今の言葉は本音だ。
身分の違いとか、いろいろあるのかもしれない。
でも、この魔導学園に入学できたってことは、少なくとも魔力に関しては、不合格になった貴族より勝っているってことだ。
平民風情が身の程をわきまえろってよりも、平民でこの学園に入学出来てスゲー、ってなんでそうならないのかな。
「そう、そうですわ!」
「わ」
突然、ガタンと音を立てて、カリーナちゃんが立ち上がる。
いきなりどうしたんだい。
「貴族だ平民だと、身分の違いでの差別……私、当たり前のようになっているこの光景を、変えたいんですの」
「変えたい?」
「……実は私、元は平民の出で」
「まあ」
元々は平民だったのだと、告白するのはロリアちゃん。
元は……って、でもそれって……
「どういうこと?」
「エラン様は、平民から貴族に成りあがる方法があるのを、ご存じ?」
カリーナちゃんからの問いに、私は首を振る。
平民から貴族に……そんな方法があるのか?
それって、私が師匠に『フィールド』の家名を貰ったってのと、似た方法ってことかな。
「成りあがる……なんて言うと聞こえが悪いですが。
平民から貴族になるには、少ないですがいくつかの方法があります」
カリーナちゃんは、指を立てていく。
「一つは、貴族の殿方、もしくは令嬢と伴侶になる。これは、貴族の相手に嫁入り、婿入りすることで、貴族の家名を受け継ぐという方法です。
一つは、貴族として認められるほどの功績を上げる。これは王族に認められるのが一般ですね。例えば平民の冒険者が、途方もない財力を得る、などです。要は、お金持ちになるってことですね。
まあ、認められ方は様々ですが」
「なので、平民の冒険者が多いんです。
もちろん、すべての冒険者が、貴族になりたいがために冒険者をしているわけではないですが」
「貴族の冒険者などは、逆に貴族の道楽だと、敬遠されることが多いですね」
「ちなみにロリアは、最初に挙げた方法で貴族になりました」
「……お母さんが、貴族の男の人と、結婚して……」
平民から貴族になる方法は、いろいろあるんだなぁ。
貴族にイコールお金持ちなら、貴族を目指す理由もわからなくはないし。
ただ……
平民が憧れている貴族になれたというのに、そう話すロリアちゃんの表情は、暗い。
「どうかしたの?」
「……貴族と結婚し、貴族となった平民は、その数は数れしれず。
しかし、一方でそれを快く思わない者もいます」
「快く思わない?」
「貴族至上主義、といった連中ですわね。
成り上がるために貴族にすり寄っただの、卑しい蛮族だの。
それに、ロリアのお母様の結婚相手には、ご子息もいらして……その件で、いろいろと……」
言葉を濁すカリーナちゃん……それが、ロリアちゃんを気遣っているものだと、すぐにわかった。
それに、すべて言われずとも、なにがあったかは想像がつく。
ロリアちゃんのお母さんの結婚相手に息子がいた……つまり、ロリアちゃんにとってはお義兄さんだ。
その人がいい人なら問題ない。でも、そうでなかったら?
貴族至上主義というに、平民を受け入れられない人種はいる。
ロリアちゃんのお義兄さんがそうでないとは限らないし、例え本人が気にしなくても……周りはそうはいかない。
そこには、私が想像する以上の光景が、広がっているのかもしれない。
貴族と平民……同じ人間なのに、どうしてこうも、嫌な思いをする子が出てくるのだろうか。
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