第50話 精霊という存在



「魔導を使うには、イメージが重要だ。

 どれだけ、具体的なイメージを浮かべることができるか……それによって、魔導の精度も大きく変わる」


 授業は、続く。

 知っている知識だとはいえ、やっぱりこうやってみんなと、一緒に勉強するっていうのは、新鮮だなー。


「基本的には、ある程度のイメージさえ浮かべれば、それが形となる。

 だが、場合によっては名前を決めて、それを口に出すことでイメージを短縮することもある。

 例えば、火の玉ならファイアボール、氷の槍ならアイスジャベリン、といった具合にだ。

 名前を付ければ、頭の中に浮かべるイメージはより具体的となる」


 慣れてしまえばなんてことはないが、初めのうちはイメージする魔導に名前を付ける場合が多いと聞く。

 今先生が言ったように、わかりやすいものが好ましい。


 ただぼんやりとイメージを膨らませるにも、限度がある。

 例えばだけど、イメージするのが『私』だとする。

 人間という個体はたくさんいる。その中で、男か女か、子供か大人か……と、いろいろとイメージして、最終的にそれを具現化させる。

 この場合、情報量が多いため、魔導を発動させるにも時間がかかるし、正確なイメージを浮かべられるかもわからない。


 けれど、ここに『エラン・フィールド』と名前を付けておく。

 すると、頭の中でイメージする『エラン・フィールド』は女の子で、黒髪で、可憐な美少女で……と、パッと具体的に浮かべることができる。


 だから初めのうちは、自分のイメージに名前を付け、それでイメージを魔導に変換する練習をするのだ。


「魔法は、自分の魔力を使うため、言葉の有無でその威力が変わることはない。

 が、魔術はそうもいかない」


 そこで、先生はパンッ、と手を叩く。

 その場に人差し指を立てれば、指先に淡い光が輝く。


 それを見て、クラスメートたちは「おぉ」と声を上げる。


「これが精霊だ。普段精霊は目に見えないが、こうして実体化することで見ることもできる」


「とてもきれいですけど……光の点、みたいですね」


「精霊にも階級があってな、もっと上位の精霊は生き物の姿をしていると言われている。

 ……おっと、別にお前のことを悪く言ってるわけじゃない」


 指先に光る存在、精霊と、まるで話をしているように見える先生。

 ……いや、実際に話をしているのだ、あれは。


 精霊と仲良くなれば、お話をすることもできる。


「魔術を使うためには精霊の協力が不可欠だ。

 なので、精霊の機嫌を損ねたりしないように」


「精霊にも意思はあるんですね」


「そりゃ、な。

 だから、魔術を使う際には"詠唱"が必要になってくる」


 くるくるくる、と指先で精霊を移動させながら、先生は説明を続けていく。

 魔術や精霊の知識についてはみんな知っていても、実際に精霊を見るのは初めての人が多いのだろう。


 みんな、面白いくらいに首を動かしている。


「詠唱?」


「そうだ。これも、精霊の機嫌や、精霊との親睦具合にもよるが……魔術を使うためには、決まった言葉、詠唱を口に出す必要がある」


「決まった言葉、ですか?」


「あぁ。これは、契約した精霊によって違うから、そのときになったら精霊自身から教えてもらうしかないがな」


 魔法では必要としなかった、詠唱。

 それが、魔術の場合では必要だ。

 では、その理由はなぜか。


「詠唱が必要な理由はわかるか?

 じゃあ……アティーア」


「え? あ、えっと……

 すみません、わかりません」


 名指しされたクレアちゃんは、しばらく考えるものの答えは出なかったようだ。

 しかしそれを受け、先生は首を振る。


「謝ることはない。精霊については、みな似たりよったりの知識だろうからな。

 詠唱が必要な理由……一言で言ってしまえば、まあ精霊に気持ちよく魔力を使わせてもらうため、かな。

 精霊にとっても、詠唱を口にすることで気分が高揚するらしい」


「気持ちよく?」


「あぁ。例えば……そうだな。

 アティーア、もしも私がお前に金を借りようとした場合」


「え」


「二通りの言い方をする。

 いいから黙って金をよこせ。

 お願いしますお金を貸してください。

 ……さて、どちらの言い方なら、金を貸す?」


「それは……後者、ですけど」


「そういうことだ」


 どういうことだ。


 ていうか例えがひどくない!?

 教師だよねあなた!?


「つまりは、詠唱ってのは精霊が力を貸してくれる際に「どうぞ力をお貸しください」って言うようなものだ。

 逆の立場で考えてみろ。お前たちだって、見ず知らずの奴に魔力を貸してやるのに、適当な文句で魔力使わせてーって言われてみろ。

 腹立つだろ?」


 要は、精霊のご機嫌取り……みたいなものかな。

 精霊というには、高貴な存在みたいな感じに思われるけど、実は結構…………ね。


 だって生きてるんだもの。

 というか、さっきの例えは意味があったのだろうか。


「高位の魔導士になれば、無詠唱で魔術を使うこともできるが……

 ここに関しては、先ほども言った精霊との親睦関係による。精霊との親和性が高いほど、魔導士としては優秀だと言われるしな」


 私は、師匠のところにいた頃から、精霊については聞いてきた。

 森の住み人とも言われるエルフ族は、精霊を間近に感じやすいのだとか。


 だから、師匠はよく精霊の話をしてくれた。

 そんな師匠のところにいたからだろう。

 私は、いつの間にか精霊と仲良くなって……


 …………あれ?



『すごいな…………エランは……』



 ……私……



『……すでに、精霊と…………こんなにも、心通わせてるなんて……』



 頭の中に思い出すのは、いつだったか、師匠が私に、言っていた言葉。

 褒めるように、頭を撫でられたのを覚えている。


 そう……師匠に、"すでに精霊と仲良しであること"をすごいと、言われたのだ。

 師匠のところにいたから精霊と仲良くなったんじゃなく、師匠のところに住む前から精霊と仲が良かった。



 ……私、いつから精霊とお話するように、なったんだっけ?

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