第45話 基礎を大事に



「てめぇ!」


「ほっ」


 振り向きざまに、ダルマ男は横薙ぎに剣を払う。

 けれど、そんな見え見えの刃が当たるわけもない。


 難なくかわして、距離を取る。


「ちっ、てめぇも身体強化か。

 張り合おうってか?」


「まあ、そういう気持ちもなくはないけど……

 私、発見しちゃったんだよぇ」


「あぁ?」


 先ほど、剣撃を避けている中で、気づいたことがある。

 剣を振るう速力は、すさまじいものがあった。

 その直前の、消えるほどの速さは目を見張るものがあった。


 だけど、同時に疑問にも思ったのだ。

 どうして、"二つを同時にやらないのだろう"と。


「キミの身体強化は、うん、すごかった。魔力の精度も相当高い。

 身体強化の魔法は魔導の基礎……だけど、基礎ゆえにそれだけ見れば、その人の魔力の精度の高さはわかる」


「なんだ急に。

 俺をおだてて、隙でも狙おうってのか?」


「そんなつもりはないよ。

 今言ったけど、身体強化の魔法は魔導の基礎……


 ……基礎ゆえに、極めようとする人は、少ない」


「あぁ?」


 そう……師匠も、言っていた。

 身体強化の魔法は、魔導の基礎。魔導を扱う上で、まずは自分の体内に流れる魔力をコントロールできないと、お話にならない。


 ただ、身体強化の魔法は魔導の基礎であると同時に、基礎だからこそその先へ進もうとする者は少ない。

 自分の体内の魔力をコントロールできれば、その先は別の方向に行ってしまうからだ。

 火の玉作ったり、氷の槍作ったりね。まあイメージ作りの時間だ。


 自分の体内の魔力を極めるくらいなら、イメージの具現化することを鍛えた方が、時間が有意義だと感じる人が多いからだ。


「てめぇ、さっきからなにが言いてぇ……」


「一つ聞くんだけど、なんでさっき、あの爆発的な脚力と、剣を振るう腕力とを組み合わせなかったの?

 それされたら、結構ヤバかったと思うんだけど」


「っ……」


 私が感じた疑問、どうして"二つを同時にやらないのだろう"。

 私が剣撃を避けられたのは、その瞬間はダルマ男の脚力は、直前の爆発的なものではなくなっていたからだ。


 もし腕だけでなく、足もあの速度を維持し続けられたら、私は逃げられなかったかもしれない。

 そして、その二つを組み合わせれば私を追い詰められると、わからないほどこの男はバカじゃない。


「キミは、身体強化の魔法を、足に、そして次に腕にかけた。

 腕にかけたから、その流れで手……握力も強化されたんだろうね。

 だけど、二つ同時にはかけなかった……いや、かけられなかった」


「……」


 身体強化の魔法はシンプルだけど、使い方によっては強力だ。

 女の子の手でだって、岩を砕くことだってできる。


 基礎である身体強化……それは、極めれば全身を強化することができる。

 それは、全身に鎧を着るようなもの。

 まあ、速度も上がるから一概にそうとは言えないけどね。


 だけど、極めなければ……身体強化は、"体の一部しか強化できない"。

 なぜ極めようとしないのかは、先ほど挙げたのも一つの例だけど、一部だけ強化するだけで満足してしまうからだ。


 いい例が、今のダルマ男。

 まずは足を、そして足から腕へと強化シフト。

 その流れは完璧で、魔力をうまくコントロールすれば部分強化だけでも充分なのだ。


 現に、魔力の消費を抑えるために、身体強化を極めても部分強化を好んで使う人もいる。

 師匠とか。


「キミも、身体強化を極めてるけどわざと……って思ったけど。

 私を本気で仕留めようとしてるのに、そうしないってことは、部分強化しかできないんだ」


「っ、さっきからペラペラと!

 ならてめぇは、全身を強化できるってのか!」


「やだなぁ、今やってるじゃん」


 私が、先ほど振り下ろされた刃を避けられたのは、身体強化の魔法を使ったからだ。

 ついでに、ダルマ男が使えない全身強化をして、優越感に浸りたかったのもある。


「魔力の精度を上げれば、その剣を逆に折っちゃうくらいに硬く出来るけど……

 やってみようか?」


「……はっ、はは。

 そうか……全身強化か」


「そう」


「ふ……この剣を、折るだと?

 なら、やってみろ!」


 剣を握る手に、力が入る……

 次の瞬間、ダルマ男の持っている剣から感じる、魔力の気配。


 まさか……剣に、身体強化の魔法をかけたのか? しかも、なんか燃えてるように見える。そんなんあり?

 ……いや、それができるから魔導剣士、なのか。


 身体強化の魔法だけは、魔導の杖がなくても、魔法を使うことが出来る。

 ただ、あの男は杖を持っていないし、どうやって剣以外の魔法を使うのか。それとも剣だけで叩くつもりなのか。

 疑問だったけど……あの剣が、魔導の杖の代わり。魔力を制御、剣へと纏わせられるってことか。

 だから、強化に加えて火まで纏っている。あれは、火をイメージしている。


 これで、剣の威力は増した……けど。

 一部にしか身体強化できない以上、本人のスペックはもう上がらないはず。


「ここなら、剣のリーチの外だし……

 届かない、よね?」


「あぁ、普通なら、な!」


 ダルマ男は、両手で剣を構え、横薙ぎに振るう。

 私たちの距離は離れているし、それは意味のない斬撃……そう、思ったけど。


 振るった剣の斬撃……それも、火を纏った斬撃が、飛んできたのだ。


「斬撃が、飛んだ!?」


 あれ、ただ火を纏っただけじゃなく、火を斬撃として飛ばす意味もあったのか!

 これで、剣を使っての接近戦、というリーチの弱点はカバーしてきた。


 武器に、魔導を纏わせて使う……そんな方法もあるのか。

 つくづく、面白いな、魔導って!


「でも、そんな単調な攻撃じゃ、当たらないよ!」


 火とはいえ、形ある斬撃な分、避けやすい。

 こっちは全身を身体強化しているんだ、繰り出されるそれらを避けられるし、多少当たっても痛くもない。


 とはいえ、こう避けてばかりじゃ決着のつけようがないな。

 ……よぅし。


「ん、なんだいきなり足止めて……」


 私は斬撃を避けるのをやめ、迫りくる火の斬撃を睨みつける。

 避けるのを諦めた……のはそうだ。

 でも、諦めて火に呑まれる、というのも別だ。


 ただ、方法を変えただけ。


「うりゃああ!」


 私は右腕を、斬撃に向けて振るい……


 バキンッ、と斬撃を弾き飛ばした。


「……は?」


「火を纏ってても、斬撃だから弾けるって思ったけど、正解だったね」


 強化したこの腕なら、斬撃を弾くことも可能。

 火を纏っていても、斬撃という形がある以上、弾けて当然の話だ。


 まあ、ぶっつけ本番だけどね。


「いや、普通斬撃弾くってことは……くそっ、めちゃくちゃな……!

 なら、こいつでどうだ!」


 剣を振り上げる、ダルマ男の魔力が練り上げられていく。

 魔力は火のように揺らめき、その場でごうごうと燃え上がり……


 振るわれた巨大な炎は、まるで大きな波のように、私に襲いかかってきた。

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