第21話 賑やかな人たち



「じゃ、入学試験お疲れ様でしたアンドルリーちゃんと仲良くなった記念ってことで、かんぱーい!」


「かんぱーい!」


「か、かんぱーい……」


 魔導学園の入学試験を終えた私、クレアちゃん、そしてルリーちゃんは、宿『ペチュニア』へと戻ってきていた。


 テーブルを囲み、高らかにグラスを掲げ、乾杯する。

 グラスに注がれた飲み物を、一気に喉の奥へと流し込む。

 かぁーっ、うまい! 試験終わりの一杯は最高だね!


 ちなみに飲み物は、ジュースだ。

 チェリーシュという、甘い飲み物。


「はい、お疲れ様」


「わ、ありがと!」


 テーブルに置かれたのは、なんともおいしそうな料理。

 お肉にお野菜、お魚……それを持ってきてくれた肝っ玉母さんことタリアさん。


 うーん、とってもおいしいよぉ!


「いい食べっぷりだねぇ」


「魔力を使ったら、お腹、減るので……!」


「そうなのかい? 私は魔導の才能なんかないからねぇ。

 ……あぁ、だからウチの娘は、昔から大食らいだったんだねぇ。

 よく食べるなぁと思っていたんだよこの子」


「ちょ、母さん……!」


 思わぬ暴露話に、クレアちゃんは顔を赤くする。

 うぅん、かわいいなぁ。


 自前の魔力は、使えばそれだけ消費し……魔法を使い過ぎて"魔力切れ"になれば、最悪動けなくなる。

 その魔力を回復させる手っ取り早い方法は、たくさん休むか……いっぱい食べるか、だ。


 私も、久しぶりに張り切っちゃったから、お腹空いちゃったよ。


「……ん?」


 そんな中で、先ほどから、おとなしい子が一人……


「どうしたの、ルリーちゃん」


「え、あ……と……」


 私が声をかけると、ルリーちゃんは、ビクッと肩を震わせる。

 さっきから、あんまり食べていないようだけど。


 ルリーちゃんの魔法……あれは、最小限の魔力しか使っていない、燃費のいい方法だ。

 だから、お腹減っていないのだろうか?

 いや、でもなぁ。


「ここのご飯おいしいよ?

 もしかして、口に合わなかったとか……」


「そ、そうじゃ、ないです!

 とても、おいしいです!」


 ご飯はとてもおいしいと、ルリーちゃんは首を振る。

 だったら、どうしたのだろう。


 ルリーちゃんは、恐る恐る……といった感じに、周囲を見回して。

 それから、声を抑えて、私に話しかけてくる。


「わ、私……こういうの、は、初めて、で……」


「あー」


 コソコソと話しかけてくるルリーちゃん。どうやらこういうノリが初めてらしい。

 ダークエルフだという彼女は、人前にその姿を現すことはない。

 今日の様子を思えば、それもうなずける。


 かといって、同じエルフにも嫌われているという話だ。

 その中でも同じ種族のダークエルフ……は、どれくらい数がいるのかわからないし。味方はいなかったのかもしれない。


 周囲を見れば、私たち以外にもいつもの顔が騒いでいる。

 いつ自分の正体がダークエルフだとバレるかもわからない、だから羽目を外せない……と。


「私は……いつ、自分の正体がバレるか、怖くて……

 なるべく一人で、生きてきたんです」


「大丈夫だよ、ここのみんないい人たちだよ?」


「……」


 大丈夫、と諭しても、ルリーちゃんは首を縦には振らない。

 よほど、つらい思いをしてきたのかもしれない。

 それこそ、私が想像もつかないような。


 ……私、余計なこと、しちゃったかな。


「そんなことないです!」


「ぇ……」


「あ……す、すみません」


 突然の大声に、私だけでなく周囲の視線も浴びてしまう。

 ルリーちゃんは逃げるように、フードを深く被る。


 あれ、もしかして私、声に出してた?


「……そんなこと、ないです」


 もう一度、ルリーちゃんは言う。


「エラン、さんが……誘ってくれて、私……嬉しかった、です」


「お、おぉ」


 私が気にしていると知って、思わず声を上げちゃったのか。

 余計なことなんてしていない、嬉しい、と……やだ、いい子!


 ただ、それはそれとしても、やっぱりルリーちゃんにとっては心地のいい空間とは言えないよね。


「ねぇ、エランちゃんはどうやってルリーちゃんと知り合ったの?」


 そこへ、飲み物を片手にクレアちゃんが話しかけてくる。

 お酒ではないから酔っていないはずだが、なんかいつもよりテンションが高いな。


 飲み会の雰囲気に、当てられているのだろうか?


「ルリーちゃんとは、私が迷子になったとき、たまたま散歩していたルリーちゃんに会ったんだよ。

 で、道案内してもらったんだ。ね?」


「え、あ、はい」


 心苦しいけど、ちょっと嘘をつかせてもらう。

 ルリーちゃんには目線で、話を合わせるように示す。


 だって、本当のことを話したら……



 ルリーちゃんがいじめられていた→なぜ→彼女の正体がダークエルフだから。



 と、なってしまう可能性がある。

 ルリーちゃん本人が、自分がダークエルフだと隠したいのだから、私もそれに協力しよう。


「ふーん……散歩ねぇ」


 怪しんでいるのかいないのか、どっちともわからない様子で、クレアちゃんはジュースを飲んでいる。

 とりあえず、これ以上のツッコミはなさそうだけど。


「それにしても、まだ入学してもいないのに友達を作ってくるなんて。

 しかも、かなり懐いているようだし……

 エランちゃんは、人たらしの才能でもあるみたいだね。ウチの娘もすっかり仲良しだし」


「か、母さんっ」


 ふむ、私は人たらし……なのだろうか。

 別にそういうつもりは、ないんだけどな。


 今回のことだって、最初私は、ルリーちゃんを見捨てようとしたわけだし。

 面倒事は避けたかったから。


 でも……結局は、泣いているルリーちゃんを、放っておけなかった。


「私は、そんなたいそうなものじゃ……」


「エランさんは、とっても、良い人です……!

 私なんかと、仲良くしてくれて……ありがとう、ございます!」


 素直に褒められると、なんというかむず痒い。

 ただ、悪い気はしない……よね。


「ところでルリーちゃんも、この国の人間じゃないって話だったね。

 なら、住むところは決まってるのかい?」


「あ、その、いえ……

 そういうのは、全然……」


「なら、ウチに泊まっていきなよ!

 部屋はまだ空いているしさ」


「なんつー商売根性……」


 私と同じく、外から来たエランちゃん。住むところなどないため、魔導学園入学合否が出るまで、住む場所を決めなくてはいけない。


 この宿に泊まりなとタリアさんが勧め、それを呆れた表情でクレアちゃんが見る。

 勧められるルリーちゃんは、慌てながらもどこか嬉しそうで。


 ……なんかいいな、こういうの。


「こっちこそ、ありがとうだよ」


 その後、入学合否が出るまでの間私と同じく宿に泊まることを、ルリーちゃんは決めた。

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