第6話 初めての遭遇



「エッラン♪

 エッラン♪

 私の名前はエラン・フィールドぉ〜♪」


 魔導学園へ通うため、王都パルデアへ向かう。

 今まで暮らしていた師匠の家を出た私は、一人、平地を歩いていた。


 別れ際に貰った、私の名前を、上機嫌に口ずさみながら。


「そうだっ♪

 わたしはっ♪

 エラーン・フィールドぉ〜♪」


 多分、他の人が聞いたらへんてこだと思われる歌……とも呼べるかわからないそれを、私はスキップをしながら歌う。

 いいんだ、ここには私以外の人はいないから。


 それに、誰が聞いてたって関係ない。

 恥ずかしいことなんて、なにもないんだから。


「あ、モンキーウルフだぁ」


 人はいないけど、モンスターはいる。

 首を動かせば、遠くにもモンスターが歩いているのがわかる。


 この辺にいるのは、比較的おとなしいモンスターばかりだ。

 なので、こちらから手を出さない限り、襲ってくることはまずない。


 ただ、少し遠出すると、少し獰猛なモンスターもいる。

 人を襲うような危険なモンスターとかもね。

 たまに、そういったモンスター相手に魔導の訓練もしたっけ。


「それに、盗賊も出るんだっけ」


 こうして道を行く場合、危険なのはモンスターだけでなく、盗賊……人を襲って金目のものを奪い、場合によっては命まで奪う、野蛮な連中だ。

 そういった連中も、出てくる可能性があるので、注意が必要だ。


 といっても、私は盗賊とやらに遭遇したことはないんだけどね。

 どこかに行くときはいつも師匠と一緒だったためだろうか。


 盗賊には注意するように、と師匠には口を酸っぱくして言われたっけ。

 それと、モンスターと違って殺してはいけない、とも。

 もちろん、モンスターもむやみに殺していいわけじゃ、ないけれど。


「暇だなぁ」


 ふと、つぶやく。

 歩いて数時間の目的地に、こうして景色を眺めながらのんびりと行くのも悪くはないけど……


 やっぱり、話し相手がいないというのは、暇だ。


「ねー、精霊さーん」


『〜〜〜』


「あはは、だよねー」


 虚空に、呼びかける。

 すると、頭の中に返ってくる、高めの声。


 この声は、頭の中……つまりは私にしか聞こえないものだ。

 いつからか……気がついたら、精霊さんとお話できるようになっていたのだ。

 師匠曰く、精霊との対話は大事、とのこと。


 だからこうして、時折こっちからお話する。

 めったにないけど、精霊さんの方から話しかけてくることもある。


 一人のときはよく、こうして精霊さんとお話したものだ。

 寂しさは、こうしている間は感じない。


「よぉお嬢ちゃん、ちょっと待ちな」


「ん?」


 そんな楽しい時間に割り込んでくる、野太い男の声。

 周囲に気を配っていたから、誰か近づいてきているのはわかってたけど……


 正面を見る。

 そこには、当然ながら見たことのない男の姿。

 それが三人、私の行く手を塞いでいる。通行人ではなさそうだ。


 周囲を見る。

 平地だと思っていたけど、いつの間にか草木が生い茂る場所になっていたようだ。


 どっかに、隠れて……待ち伏せしていたのだろう。


「なにか?」


「へへっ、この状況で肝の座ったお嬢ちゃんじゃねぇか」


 ううん、確かに、三人の大男にいきなり囲まれたらびっくりするのかな。

 しかも、三人とも武器……剣やナイフを持っているし。


「へへへへ」


 三人のうち真ん中に立つ男は、笑いながら手に持つナイフを舐める。

 うわ、あれ舌切らないのかな。


 というか、すごい髪型だな……

 なんで頭の左右の髪はないのに、中央だけ残っているんだろう?

 まるで……


「トサカ?」


「あぁん!?」


「んだとこらぁ!」


 あ、なにかが触れちゃいけない部分に触れちゃったみたい。

 急に怒り出したよ。


 そんな怒り出す二人を、真ん中の男が諫める。

 ナイフ舐めの男が、リーダーなのだろうか。


「まあ落ち着けや。

 ずいぶん余裕ありそうなお嬢ちゃんだが……身ぐるみ置いてけや」


「身ぐるみ……」


 またも、男はナイフを舐める。

 美味しいのか?


 それにしても、身ぐるみ置いてけなんて……まるで……


「あぁ、もしかして盗賊!?」


「あぁ? なんだと思ってたんだ」


 わぁ、わぁ!

 これが、生の盗賊かぁ!

 まさか、さっき考えていたことがすぐに、起こるなんて!


 どうしよう、どうしたらいいんだろう。


「殺しちゃだめなんだよね……」


 師匠は、言っていた。

 盗賊であろうと、人を殺してはならないと。


 その言いつけを守るなら……動けないようにして、放り出すのが一番だろうか。


「おい、なにをぶつぶつ言ってやがる!」


「緊張感がねぇんじゃねぇの!?」


 あのリーダーとは違って、部下二人は血の気が多いな。今にも襲いかかってきそうだ。

 そんな中、リーダーが前に出る。


「で、どうすんだ。身ぐるみ置いてくか、それともお嬢ちゃん自身を攫ってもいいんだぜ?」


「私を?」


「あぁ。見たところお嬢ちゃんはめぼしいものは持ってないようだが……

 人身売買なら、お嬢ちゃんなら高く売れそうだ」


 にやり、と、リーダーの男がここに来て気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 あぁ、やっぱり部下が部下ならリーダーもリーダーなんだ。


 人身売買……聞いたことがあるな。

 人を売り買いする、最低の商売。

 しかも、口振りから……こいつら、初めてじゃないな?


 放っておいたら、別の場所で人を攫いかねない……


「おいおい、なんか高そうなもん持ってるじゃねぇか!」


「!」


 ふと……男の手が、伸びてくる。

 それが掴もうとしているのは、私の体……ではない。


 その視線の先にあるのは、私の……師匠に貰った、ネックレス。


「……っ」


「……あ?」


 とっさに私は、男の手を弾いていた。

 男は、徐々に苛立ち気な表情になっていき……


「てめぇ、なにしやがる!」


 その手に持っていた、剣を構える。

 その構えに、私も臨戦態勢を取って……


「この、胸なし女が!」


「……はぁ?」



 プチッ……



「おっ……いで、いでででで!」


 気づけば私は……男の顔面を鷲掴みにして、宙に浮かせていた。

 とっさのことに、他二人も反応できない。


「誰の胸が、なんだって?」


「あ、が……」



 ミシミシ……



「それに、師匠のネックレスに手を出そうとするなんて……」


「て、てめえ!」


 その瞬間……私は、思い出した。

 師匠の、言葉を。



『盗賊を殺してはいけないよ』


『でも、相手からころしに来るんだったら……せーとーぼーえい、じゃないの?』


『どこでそんな言葉を……

 それでも人殺しはいけない。

 それに、盗賊には懸賞金がかかっている者が多いんだ』


『けんしょーきん?』


『悪いことをしている人間の首にお金をかけて、然るべき所に持っていけばそのお金が貰えるんだよ。

 だから盗賊は、殺すんではなく、捕まえて憲兵に突き出すんだ。そうすれば、平穏とお金が手に入る。

 とはいえ、第一に身の安全だ。盗賊に会っても、まずは逃げることを……』



 そうだ、盗賊……殺すんじゃなく、捕まえれば。


「平穏……お金……平穏お金平穏お金……」


「?」


「お金平穏お金お金平穏お金平穏お金お金お金平穏……

 お金ぇええええええ!!!」


 盗賊との戦闘が、始まった。

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