第8話 馬上の人


 スタック家でお世話になり、初めての秋を迎えた。

 この地では大掛かりな収穫祭が秋に行われる。遠い王都から大道芸人や、旅役者の一団を招き、領民も楽しみにしている祭りだ。


 アリスの領地はそれほどの余裕もないため祭りなど行うこともなく、彼女にとってはほぼ初めての祭りだった。

 

「お芝居を見るのなんて初めてです」


 アリスの言葉に同じメイド仲間のリンダが驚いた顔をする。


「ええ? 一体、どんな生活していたのよ?」


 どんなって言っても……。説明するのも大変だなぁと考えていたら、


「じゃあ、みんなでお祭り行きましょうよ。屋台もあるのよ、みんなで買い食いしましょう!」


「え? 屋台ですか? うわぁー、楽しみです!」


 祭りの屋台には普段王都でしか食べられないような物も並ぶらしく、王都自体行ったことのないアリスは楽しみで目を輝かせた。

 スタック家で働いた報酬はほぼ使わずに取ってある。館にいる間はメイド服で事足りる、衣食住は保障されているのだ。

特別お洒落に興味もないし、趣味があるわけでもないアリスにとって、正直給金を貰っても使う機会がない。

 普段口に出来ない美味しいものを食べようと、そんなことを考えて過ごしていた。


 祭りも近づき、使用人たちも浮足立ってきた頃、もう一つの問題が……。

 ダレンの妹であるルシアが、祭りに合わせて嫁ぎ先から里帰りをするのだ。

 使用人達はルシアの訪問に戦々恐々とし始め、落ち着きなくソワソワとし始めた。



 ダレンの妹ルシア。ダレンの一歳下で子供の頃から美しく聡明だったが、とにかく手が付けられないほどのお転婆で、両親を大層困らせていたらしい。

 領地を猿のように飛び回り、女だてらに剣を持ち、その腕も中々のものだったとか? 両親が亡くなった時など、落ち込むダレンを支えたのは他でもない彼女だ。彼女の支えでダレンはここまで立ち直ったと言っても良い。


「ルシア様はね、それは、それは美しい方なの。でもね、ちょっと問題があるのよ」

「問題?」


「そう。それがねぇ、なんて言うか。とんでもないお転婆なの。いえ、お転婆なんてものじゃないわよ、あれは。じゃじゃ馬?そう、馬よ、馬!」


 興奮気味のリンダの言葉に「ふむ」と、アリスは考える。

 アリスも領地に居た頃、お転婆娘と言われ続けて来たことを思い出し、何となく気が合いそうな気がするなぁ。と思い始めた。

 祭りまでにはまだ一週間もある。しかし、明日にはこちらに到着予定と聞き、その準備で慌ただしいメイド達とともに、アリスは手伝いながら嬉しさのあまり浮足立つ感じを覚えるのだった。



 嫁ぐ前に使われていた部屋を念入りに掃除し、使用人たちは今か今かと待ち構えていた。

 その中にアリスも交じり、ふわふわと落ち着きなくいつものように庭の掃除を始めていると、遠くから馬の蹄と微かな馬車の車輪の音が聞こえてくる。

 竹ぼうきを抱えたまま門番の所に行き、「馬車の音が聞こえます。ルシア様がお着きでは?」と言うと、門番は「聞こえないがなぁ」と、単眼の望遠鏡を覗き始めた。すると、はるかかなたで砂埃をまき散らすように近づく物体が見える。

 それが馬だと気が付く頃には、アリスの肉眼でも砂埃が見え始めた。

 あまりの早さに慌てた門番が「開城!!」と大きな声で叫ぶ。

 

 大きくて頑丈で立派な門がゆっくりと開き始めると、赤いマントにフードを頭からすっぽりと被った者を乗せた一頭の馬が、ものすごい速さで門前の橋を渡り城の中へと入って来た。

 門番の脇で立っていたアリスの前を風が吹きすさぶごとく過ぎ去り、トレードマークのアリスのしっぽ髪がふるりと揺れた。


 馬上の人を見るに、この辺境の地にいるような体の大きい騎士ではない。むしろ、線の細い華奢な、そう、女性に見える。

 その人は馬を静めながら目を引く赤いマントのフードを外すと、竹ぼうきを握りしめ真っすぐに立つアリスを見つめながら、


「なぜこのような子供が仕事をしておる? 我がスタック家はそこまで落ちぶれたか? 兄は何をしておるのだ?!」


 その人は馬から飛び降りると、手綱を持ったままアリスに近づくと何故かしっぽ髪をふさふさと触り始め、終いには馬のしっぽを撫でるように握りながらするりと手を滑らせた。


「なかなか、面白いな」


 ポツリとつぶやいた口元は弧を描き、目元はなぜかキラキラと輝いて見えたのはアリスの気のせいだろうか?


「このような幼子に仕事をさせるなど持ってのほかだ。親はどうした? まさか連れ去られてきたのか? それとも金で売られて来たとか? 

 まったく辺境伯爵ともあろう者が、このような不届きなことに目を瞑るなど恥さらしな! 私がきつく言ってやる。もう心配せずとも良いぞ、安心しろ」


 赤いマントの女性は、口ぶりに似つかわしくない優しい眼差しでアリスを見下ろし話しかけてくれる。だが、その手は相変わらずしっぽ髪を撫で続けたままだった。


「あ、あの。私はここでメイドとして働かせていただいているアリスと申します。

こんななりですが、16歳ですでに成人しておりまして。ご心配いただかなくても大丈夫でございます」


 アリスは失礼にならないように、必死に言葉を並べ答えた。

 たぶん、この方はダレンの妹のルシア様に違いない。リンダに聞いていた通りとても綺麗な人で、しかもあの馬の乗りこなし方を見ても、聞きしに勝るお転婆。いや、正にじゃじゃ馬そのままの人だなと、感心してしまった。


「な、なに? 成人女性? いや待て。いや、待たずとも良いが、そうか?大人なのだな。子供ではないのなら問題は無いのだが、いやでも、あまりにも……」


 ルシアは口元に手をあて、ブツブツとつぶやいている。

 そんな事をしていたら、ルシアの後を追って走っていたのであろう馬たちが門をくぐり城内に入って来た。


「奥方様。単独での行動はお控えくださいと、何度申し上げたらわかるのです?

 危険だから止めるようにと、侯爵様からも言われておるではありませんか?」


 騎士服を着、腰には剣を刺したその人達は、馬から下りるとルシアに近づき物申し始めた。それを聞いた彼女は面白くなさそうに頬を膨らませ、


「お前たちが遅いのだろうが。それでも警護の騎士か? 女ごときの馬にもついて来られぬなど騎士の名折れ。すぐに職を辞せ!」


 ルシアの厳しい言葉に言い返せない彼らは、悔しそうにうつむき唇をかみしめていた。


「まあまあ、それくらいにしてやれ」


 聞き覚えのある声にアリスが振り向くと、そこにはダレンが頬を緩めながら近づいて来ていた。


「兄さん!!」


 アリスのしっぽ髪を触っていた手は離れ、ルシアは駆け出しダレンに飛びついていた。


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