自己嫌悪の一週前

 あと七日で地獄が来る。

 横たわって音楽を聴いていると、傷んで伸びきった髪の毛の先が目に入る。しわがれた手の甲を見て、老いを感じる。前ほど若くない。嫌になる。

 いやになりすぎて、うつっぽくなってしまう。そして配偶者を困惑させる。この繰り返しだ。


 大黒柱ゆうしゃを追放したためパーティ以下の烏合の衆になってしまった我が家は、三兄弟が名字バラバラ、母親は旧姓に戻ったものだから、カラオケやファミレスで誰が代表者を名乗ればいいのか全く分からない。よりどころというか、旗印が消えたので、もう誰? 何? どういうこと? って感じだ。全員名字がちがう家族。まとまりのない烏合の衆。かろうじて私たちの旧姓を名乗っているのは弟のみとなってしまった。

 ふわっふわする。

 そのふわふわ感が変に癇にさわる。

 そのたび、イエって大事だったんだなぁ。って思う。

 別にあのクソ親父の元に戻りたいわけじゃない。所属って結構、大事なんだよなぁって話だ。誰かの娘であること、誰かの何かであること。

 私があの日失ったものは、アイデンティティの根幹の部分に直結する何かだったんだとおもう。実家とか、居場所とか、父親とか、安心できる我が家ってやつをいっぺんに失った若い私は途方に暮れた。


 その年の就活は失敗した。

 そりゃあ、誕生日のケーキひっくり返された直後にニコニコ自己アピールしろなんて過酷なことを、おとなしくってそれなりに繊細な私が耐えられるはずもなかった。面接のときに涙ぐんでしまい、「情緒不安定」とメモされたことを覚えている。散々だった。

 ああ、さんざん。

 帰るべきところなんかなくて、「失敗した」と泣きつけるところもなくて、ひたすら地獄で、何通も積み重ねたお祈りが私をすこしずついった。……それが今に至る。

 何年も経った今も、「帰る場所」を探している。夫の実家に居ながら、本当に帰るべきところがどこかにあるんじゃないかと、私の安住の地がどこかにあるんじゃないかと、考える。

 考えては、しんでしまいたくなる。皿を洗いながら。お風呂に入りながら。歯を磨きながら。夜になるたびに考える。

 私の帰るところ。


 こんな年齢になってまでそんな幼稚なことを考えているのは、んだろう。


 

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