父の日
そうでなくても特には
6月になった。
今月、私の誕生日がある。今年は父の日にあたる。呪われているに違いない。最悪に気分が悪い。カレンダーに文句を言ったところで本当はどうしようもないし、こよみは動じないのだけど、よりにもよってその日を当てるなヴォケ、カス、と毒づきたい気持ちになる。
父親とはもう何年も会っていない。一方的に縁を切っている。
「2度と帰らない」「ああ、帰ってくるな」
売り言葉に買い言葉。最後の会話はそれだった。確かそう。
顔も忘れた。声も忘れた──なんて嘘だ。鮮明に覚えている。判で押したような顔をしてるから、鏡を見れば父親の面影がある。呪いだ。
忘れることもままならない。
私は娘なりに父親を「父親だから」という理由で許していたのだけれど、父親はそれでは我慢ができなかったようだった。
誕生日の日。
父親は父親という役割をかなぐり捨てて癇癪を起こした子供のように振る舞い、私に足を振り上げて肩を思いきり蹴った。母が咄嗟に庇ってくれた。
バースデーケーキはひっくり返された上に踏んづけられてグチャグチャ。妹は声をあげて泣いた。
もうその日の時点で弟も妹も、そして私たちの母親も、彼との生活に疲弊して、彼のことをすっかり見限ってしまっていた。久しぶりに帰省した家はかろうじて家族としてのテイをなしていた。崩壊寸前のジェンガみたいな家だった。
だから──あの日、かろうじて彼を「父親」として慕っていたのは私だけだったのに、あの日彼はその最後の「娘」としての私のリスペクトすら粉々に踏み砕いてしまった。ケーキと一緒に。
そして今も被害者ヅラをしている。
「息子も娘も自分の味方をしてくれなかった」
嘘だ。あの時まですくなくとも私はきっとあなたの味方だったはずだ。あなたが自分で踏み砕いたにすぎない。弟や妹にアイソつかされてたの、知らなかったんでしょう。
「お父さんなんだから許してあげなさい」
祖母がいう。ううん。おばあちゃん。許してたんだよ、全部許していたんだよ今まで。赤ちゃんみたいな振る舞いも甘え方も膝枕も気持ち悪い「ほっぺにチュウ」も許してたんだよ。恋人でも配偶者でもないのにね。
でももう許せないんだ。ごめん、見限ったから。無理だから。「私たちの父親」を自ら辞めたのはあの人だから。かろうじて「あなたたちの息子」は、辞めていないみたいだけど。
そんな踏みつけられた誕生日ケーキのフラッシュバックが時折起こり、泣きたくなる。足の下敷きになった祝福のことを思うと胸が痛い。
そんな感じで、私は拗らせてしまった
きっしょ。
もう一回言うけど、父の日、どうしても18日じゃなきゃダメでしょうか。一日でいいからずらしませんか。ダメ? そう。
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