第13話

 陽が落ちてきた頃、池の付近には二人の姿はもうなかった。 燃え尽きた焚火の跡の横には、一本の骨となった豚の片足が転がっている。 結局二人は片足だけを解体するのが精一杯で、残りは土に還してあげようと穴を掘って墓を作ったのだった。


 ほとんど千切ったように切り分けた肉を焚火で焼き、調味料の付いていない肉を無言で頬張った。 獣臭が強くてとても美味しいとは言えなかったが、それでも今の二人には十分な食事だった。 片足を半分食べたところで、血の匂いに誘われた野犬の群れが寄ってきたことに気付く。 二人は焼いていた肉をそのままにその場を逃げ出し、森の中をトゥーランとは反対方向へ向かって進んでいた。 東へ向かってアルベルト領を抜け、エルンストというキール卿の領地に入るつもりだ。


「ねぇ光ちゃん、私達が追われる理由ってなんなんだろ? 野犬は別として、狩人は賞金が貰えるとかギルドに引き渡すとか…… 光ちゃんがいきなり追い回されるとか。 何かアルベルトの領地で悪いことでもしたのかな 」


「この地域限定とは限らないんじゃないか? 国家が俺達を捕まえようとしてるとか 」


「まさか! ミナミは国王のお気に入りだったのよ? そんな事…… 」


「小説の話は、だろ? 裏では貴族達がどう思ってたかは分からない 」


 光にそう言われて翔子は思わず立ち止まる。 俯く翔子に光は振り返り、翔子が追い付いてくるのを待つ。


「…… 暗くなってきた。 寝床を探そうぜ 」


「…… 」


 その場から動かない翔子は俯いたまま。 光は翔子の側に寄ってポンと肩を叩く。


「なんにしても、王城まで行けばハッキリするんだろ? 今は立ち止まってる時じゃない 」


「…… うん 」


 浮かない返事を光に返して、翔子は再び歩き始めるのだった。




 近場に村や町はなく、今日もまた木の上で夜を過ごす。 いつもより枝が密集している木を選び、別の木から葉の多い枝を折って、その上に重ねてベッドを作る。 何重にも重ねて強度を上げると、なんとか二人が横になれるようなものが出来た。 光はそこに寝転んで安全を確かめ、ウーンと大きく伸びをする。


「こんな筈じゃないのに…… って顔してるな 」


 未だに憂鬱な顔で幹に寄りかかって座っている翔子に、光は寝転んだまま話し掛けた。


「うん…… 本当にこれがイシュタルなのかなって考えると…… ね 」


「でも町の名前とか地形とかは小説そのままなんだろ? 」


「そういうのじゃなくてさ、もっと楽しい世界なのかなって思ってた 」


 翔子は枝から見える星空を見上げる。


「のんびり旅をして、行く先々の人々は優しくて、その中でもハプニングはあるけどスパッと解決して。 ミナミはそんな風にこの世界を旅してたから 」


 光は上半身を起こして翔子の話に耳を傾ける。


「憧れてた世界で実際こうやって旅をしたら、食べ物は何もないし人々には追いかけ回されるしお風呂にも入れない。 寝る時も野生動物に怯えて満足に寝れないし、ツラい事ばっかりだな…… って思っちゃった 」


「ホームシック? 」


「かな。 正直、私達がいた世界ってつまらなかったんだ。 でも生活するには何でも揃ってる不自由しない環境で、凄く恵まれてたんだなぁって。 戻れるなら、すぐにでも戻りたい…… 」


 翔子は膝を抱えて丸くなる。 所々土埃で茶色く汚れたセーラー服、裾が破れてほつれ始めているスカート。 そんな翔子を横目に、光は頭の後ろに両手を組んでまた仰向けに寝転ぶ。


「そうだな。 でもその元の世界に戻る為に頑張ってるんだろ? 」


「そうだけど…… 国家ぐるみで私達を捕まえようとしてるのなら、どこに行ってもダメじゃない 」


「もしかしたら、だよ。 そう決まった訳じゃないんだし、行ってみなきゃ分からないんだ。 頑張ろうぜ 」


「…… どんな時でも前向きだよね、光ちゃんは 」


「そんなことないさ。 もう野球出来ないって知らされた時は人生終わったとか思った。 人生野球だけじゃないんだけどな 」


 ハハハと光は静かに笑った。


「…… 頑張ってたもんね、野球 」


「でも野球が出来なくなったって、死ぬ訳じゃないんだ。 そう思ったら気が楽になった。 他に気になることもあったしな 」


「え? なにそれ 」


「まぁそれはいいじゃん。 とにかくエルンスト? だっけ? 行ってみなきゃ。 おやすみー 」


 そう言うと光は翔子に背中を向けて寝る。 5分もすると、スースーと気持ち良さそうな寝息をたて始めた。


「早…… 」


 光の言った、他に気になる事というのが気になりながらも、翔子は突っ込まずに光の背中を見つめる。


「…… そうだよね、行ってみなきゃ分からないもんね 」


 翔子の顔に笑顔が戻る。 気持ち良さそうな光の寝息に翔子もあくびを一つ。 せっかく横になれるスペースを作ってくれたのだからと、翔子も光の横に背を向けて寝転んだ。


「折れないかな…… 大丈夫だよね? 」


 二人の体重で乗っている太い枝がゆっくりと揺れる。 不安に思う気持ちとは裏腹に、翔子もすぐに眠りに落ちていった。

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