イシュタルの大地へ

コーキ

プロローグ

 そこには緑一色の草原が広がっていた。 人の手が入った建物などは一つもなく、そよ風に揺れる草が足首をくすぐる。


 雲ひとつない真っ青な空。 緑と青は、パステルカラーで塗り分けされたようにくっきりと境目を作り、それ以外の色は何もない。


「…… えっ? 」


 藤井 翔子ふじい しょうこは空を見上げる。 今まで見たことないほど大きな太陽が、頭上から容赦なく照りつけていた。 だがジリジリと焼けるような暑さはなく、日差しは強いが汗ばむことはない。 暑くも寒くもなく、半袖のセーラー服で過ごすにはちょうど良いくらいだ。 時折吹く撫でるようなそよ風が、翔子の肩ほどの真っ直ぐな髪を揺らした。 


「えっ!? 」


 翔子は視線を右へ移した。 正面の景色と変わりばえのない緑の草原と水色の空。 次に左に視線を移すと、草原は緩やかに下り坂になっていて、その先には水平線のように真っ白い雲が広がっていた。 


「…… はっ? 」


 水平線のように雲が見えるのはおかしい。 翔子は暫くボーッとその水平線を見つめ、恐る恐る後ろを振り返る。 草原は三日月のように弧を描き、その先には枯れ木が目立つ雑木林が広がっていた。 雑木林は奥に行くに従って緑豊かな森林に変わり、その森林の先にはぽっかりと抜け落ちたように湖が佇んでいる。


「…… なに? これ…… 」


 翔子の立っているここは高台らしく、遠くまで見渡すことができた。 正に絵に描いたような綺麗な大自然だが、セーラー服の女子高校生が立っているのは不自然極まりない。 彼女の両手には一本のほうきとちり取り。 それもその筈、彼女はついさっきまで教室の床を掃いていたのだ。


「…… そうだよね、掃除してたよね? 」


 放課後、罰として一人教室の掃除をしていた翔子。 床のゴミを掃いていた時に、突然辺りが真っ白になるほどの強烈な光に包まれた。 眩しくて目を瞑り、目を開ければ一転してこの草原。


  サラサラ…… サラサラ……


 とりあえずほうきで草原を掃いてみる。 手に伝わる草を掃く感触やちり取りを握る感触を確かめ、彼女はしばし現実逃避する。 ふと呆けた顔で辺りをぐるっと見回す。


「あ…… 」


 遠くに霞んで見える山を見て彼女は声を漏らした。 霞む山の手前、湖の直上に浮かんでいるように見える一つの城。 ゴシゴシと目を擦り何度も見返してみるが、その城は大地からお玉で掬われたような半円底の、浮遊する岩盤の上に建っていた。 普通なら気が動転してパニックになりそうな風景だが、彼女はあまり慌てずにその異様な景色を見つめていた。


「ここ…… 」


 彼女にはこの景色に思い当たる節があった。 それは彼女が愛読していたラノベ小説『イシュタルの空』の世界観に酷似していたからだった。


 

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