推しのVTuberに頼られたので、命を懸けて守ります

天羽睦月

第1章

第1話 推しが次元の壁を越えてくる

 俺、来栖出雲はVTuberのファンだ。

 辛いことが起きても生放送を見るだけで心が癒される。

 高等学校に進学してから親は仕事の都合で海外で暮らしているので、現在一人暮らしだ。家に帰ってくることもなく、手紙さえよこさない、ある種の放任状態。

 しかし、それは好都合。好きなことに時間が使えることは有意義だ。


「さて、学校も終わったことだし早く帰るか」


 机に掛けている通学鞄を掴む。

 筆記用具やノートを入れると、誰にも挨拶をせずに教室を出る。出雲は耳にかかるまでの黒髪を持つどこにでもいる普通の男子高校生だ。特段格好いいわけでもなく、身長も平均的だ。勉学やスポーツに秀でることもなく、一人の時間を趣味に費やしている最高な人生だ。


「今日の放送は何時からだ?」


 制服に入れているスマートフォンを手に取って、アップスターを起動する。

 気楽に生放送や文字での投稿と、幅広く使える世界的に人気なSNSの一つだ。出雲が好きなVTuberもアップスターで活躍しており、投稿した一週間のスケジュールを元に活動している。

 

「うーん。今日の配信は何かなー、歌枠とかゲームとかだろ嬉しいけど」


 何度かタップして夜桜ミオの画面に辿り着く。

 投稿されているコメントには、雑談の日と書かれていた。どうやら今日の放送は雑談をするようだ。希望は歌やゲームだったが仕方がない、雑談配信を楽しもう。


「雑談配信も面白いからな。先週の買い物失敗エピソードは爆笑だったなー。まさかタグを付けたまま着て帰ろうとしたら、窃盗に間違われるなんて笑っちまうよ」


 廊下を歩きながら一人で微笑していると、目の前に現れた艶のある綺麗な黒髪を持つ女生徒が「また一人で帰るつもり?」と話しかけてきた。


「高校に進学してからさらに帰るスピード上がってない? 親がいないからって好き勝手してると怒られちゃうよ?」


 目の前に現れたのは、隣の家に住む柊瑠璃。

 綺麗な腰に届く長さの黒髪と紺碧色の瞳が印象的な幼馴染だ。最近の悩みは下着がすぐ着れなくなることらしい。確かに胸がまた大きくなっているような気がするが、そんな相談を男にしていいのかと思うのは間違っていないはず。

 それに制服の上からでも分かるスタイルの良さも、人気が高い理由の一つだ。


「あ、瑠璃か。今日は生放送があるから、早く帰って待機してないと駄目なんだ」

「昨日もそんなこと言ってなかった? またファストフードばかり食べてるよね。今日はカレー作って持っていこうか?」


 瑠璃の料理は何でも美味しい。

 自信を持って他人に勧められる美味しさだ。もっと色々な人に食べてもらえばいいのに、美桜は俺にだけしか食べてほしくないらしい。


「時間によるかな。生放送が十七時からだから、二十時なら食べられるかも」

「分かったわ。 その時に持っていくね!」


 瑠璃は花が咲いたかのような美しい笑顔をしつつ、先に帰宅したようだ。

 あれほど綺麗で可愛いのに男の影はない。前に聞いたら俺がいるから男はいらないと言っていたけど、一体どういう意味なのだろうか。いずれ意味を聞いてみたいが、聞く機会がないまま高校生になっちまった。


「ま、今日家に来るみたいだから聞けばいいか」


 出雲は夜桜ミオの生放送を楽しみにしながら家路についた。

 通っている高等学校は徒歩圏内であるので、特に電車などには乗らない。元々自宅から通える範囲に進学するつもりだった。

 そのことを中学校時代に瑠璃に話したら、初めは怒ってたが私も一緒の学校に行くと喚き散らしていたことを思い出す。


「結構瑠璃って頑固な部分があるよな。それに比べてミオは優しくて綺麗で、話も面白くて最高だ!」


 道を歩きながら声を上げてしまい、周囲にいる人達から奇異な視線を受けてしまうが気にしない。愛を叫ぶことはおかしくないからだ。むしろ奇異な視線を向ける方がおかしい。好きを好きと叫んで何がいけないのか。


「好きと大っぴらに叫べない人の方が悲しいさ。俺はいつだってどこでも好きと言えるぞ!」


 両手を上げて夜桜ミオが好きだと叫んでいると家に到着した。

 両親と三人暮らしの時は窮屈に感じていたが、一人で住むには一軒家は大きすぎる。右隣にある瑠璃の家は両親と二歳年下の妹との四人暮らしなので、ちょうどいい広さなはずだ。ちなみに、妹は瑠璃とは違う可愛さを持っていると出雲は感じている。


「さて、着替えて待機だ!」


 三階にある自室でジャージに着替えてパソコンを起動し、アップスターを開く。


「お、もう枠ができているな。コメントして待つか」


 お茶が入っているペットボトルを飲み、お菓子を食べつつ待つこと一時間。ついに夜桜ミオの生放送が始まった。


「みんなお待たせ~、夜桜ミオのミオナイトがはっじまーるよー!」


 白銀の髪を揺らしながら、挨拶を始めた。昨日とは衣装が違い、今日は白と黒のコントラストが綺麗な両肩が出ている服を着ている。

 鈴を転がすような綺麗な心地が良い声と美しい顔に魅了されていると、様々なコメントが画面を流れ始めていた。


「みんなコメントありがとー! そうだよね! 最近寒いから気を付けないとだね! あ、ゴロツキさんスターコインありがとー!」

「お、相変わらずスターコインがたくさん送られているな。俺も送りたいけど、今月送り過ぎだから悩むな」


 スターコインとはいわゆる投げ銭だ。

 手数料は取られるが、ある程度のお金が送られる仕組みとなっている。視聴者が多い夜桜ミオにとっては貴重な収入源となっているが、以前の放送であまり推奨はしないと言っていた。どうやらお金は自分のために使ってほしいらしい。

 気持ちは嬉しいが、夜桜ミオに楽しい放送をしてほしいため視聴者は積極的に送っている。


「よし! 俺も投げるぞ!」


 気持ちを固め、出雲もスターコインを送ることにした。

 生放送の画面のコメント欄の下にスターコインを送るアイコンがある。そこに金額を入力し、コメントと共にクリックをすれば完了だ。


「五万円っと……コメントはどうしよっかなー。ミオはコメントも読んでくれるし、いつも楽しい放送ありがとうでいっか」


 コメントも入力し、クリックをした。画面には五万円といつも楽しい放送ありがとうという文字と共に、イズモとカタカナで名前が流れる。


「あ、イズモさんいつもありがとう! 五万円も大丈夫なの!? 無理しすぎないでねー! こちらこそ、いつも来てくれてありがとう!」


 至福だ。愛する推しに名前を呼んでくれて、スターコインによって生きてくれる。

 もう死んでいいくらいの幸せだ。生活費は切り詰めればいいし、出雲にとってお金より推しの幸せの方が優先度が高い。


「うん。今日も生きてて偉いし、雑談配信も面白いや」


 それから二時間放送された雑談配信を見続けた。

 やはり面白い。夜桜ミオは飽きさせない口調や、適度にコメントを拾って視聴者を喜ばせるテクニックが凄い。数多くいるVTuberの中でも、群を抜いて人気がある理由が分かる。


「もう二時間も経ってる!? 楽しい時間って一瞬だねー。また明日も放送あるからもしよければ来てね! じゃ、今日もミオかれさま~」

「ミオかれさまー!」


 部屋に響き渡る大声で出雲は叫んだ。

 ストレスが吹き飛んだだけではなく、多大な幸福に包まれている。身体の様々な不健康な部分が治った気がしていた。


「今日も健康になっちまったな。雑談配信も面白かったし、明日はどんな配信をしてくれるんだろう。もう少しで瑠璃が来るし、晩御飯を食べたら確認するか」


 背伸びして椅子から降りる。

 瑠璃の作るカレーは絶品だ。リビングで食べるのもいいけど、俺の部屋で二人で食べようかな。でも、そのためにはこの散らかった部屋を片付けなくちゃな。

 床には漫画雑誌や服が散乱している。片付けるのが苦手というわけではなく、ただ面倒なだけ。ただそれだけだが、私生活より夜桜ミオが優先されている結果だ。


「とりあえず少し片づけるか」


 重い腰を上げて部屋を片付けようとしするが、目の端で見えた画面がおかしいことに気が付いた。


「生放送が終わったのに、放送中のままだ。コメントは止まっているから俺だけか? フリーズしたのかな?」


 ディスプレイを見ても分からない。

 明らかに出雲の画面だけライブ配信中と表示されている。一体何が起こったのだろうか。負荷がかかり過ぎたいうことはないはずだが。

 唸りながら画面を何度かクリックしていると、どこからか「見つけた」という聞きなれた声が聞こえてくる。


「な、なんだ!? どこから声がするんだ!?」


 聞こえてくる声に戸惑っていると、ディスプレイが波打ってることに気が付いた。

 波打つなんてありえない。不可解な現象に気分が悪くなっていると、ディスプレイから先ほどまで生放送をしていた夜桜ミオが上半身を出してきたのである。


「君が来栖出雲君かな?」

「えッ!? ど、どうしてディスプレイから!?」


 高鳴る心臓を抑えられない。ディスプレイが波打ったかと思えば、推しである夜桜ミオが出てきた。このことを誰かに言っても誰も信じないはずだ。

 ディスプレイが波打つと言った時点で踵を返して立ち去るだろう。出雲自身でも、そう言われてたら時間の無駄だと思い帰る。それほどにおかしな話しだ。


「それで、どうなのかな? 来栖出雲君で間違えない?」

「あ、はい。俺が来栖出雲です……とりあえずこれ受け取ってください」


 そう言いながら一万円を財布から取り出した。


「なにそれ?」

「握手代です。ディスプレイから出て、会ってくれたんですからお金を渡さないと」

「そんなのいらないわ! どうしてあんた達は何から何までお金を出すの! もっと自分のために使いなさいよ!」


 いつもと違う口調も素晴らしい。

 怒ってくれてありがとうございます。もっと罵倒してくれと出雲は心の中で、何度も繰り返していた。

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