パンダカフェ『パンダ』『熱循環』『カフェ』
冬のとある日、俺とたっちゃんは特にあてもなく、バイトの帰り道を歩いていた。
「たっちゃん、最近悩んでるみたいだけど、何かあった?」
「急にどうしたのさ、こう君」
俺たちのバイト先は近く、大学が終わりバイトに行った帰りは、だいたいこうして一緒に帰っている。
しかし、ここ最近たっちゃんの顔が冴えることはない、まるで何を考えているのか分からない顔だ。
「いやさ、最近ずっと気になっていてさ……なんか悩んでるでしょ?」
「うん……まあ」
ようやく白状したな。
「まあなんだ、そこにあるよさげなカフェにでも入ろうぜ、ゆっくり話聞くよ」
静かにたっちゃんは頷いた。
カフェの名前は『パンダカフェ』見たことも聞いたこともない店だったが、ゆっくりと話を聞きたかった俺は、その店へとたっちゃんの手を引いて入っていった。
クラシックな雰囲気で、カウンター席が5つ、テーブル席が三つのこぢんまりとした内装のそのカフェに人は一人もおらず、温かい空気で満ちていた。
「……パンダ?」
そして、最も驚くべきことは、カウンターに立っている店主がパンダであったことだった。
「おや、いらっしゃいませ、お客様」
「しゃべった……」
たっちゃんも引き気味に言う。
そう、人は一人もいないというのは文字通り、店員含めて一人もいないのだ。
「着ぐるみ、ですか……可愛いですね」
俺は、なんとかそうひねり出しながらカウンター席に座る。
「いやー可愛いだなんて照れますね~地毛なんですよ」
どうやら着ぐるみではないらしい……。
冗談なのか事実なのかよくわからないパンダはともかく、俺はたっちゃんの話を聞くためにこの店に入ったのだ、忘れるところだった。
「たっちゃんは何飲む?」
「ホットコーヒーで」
「じゃあホットコーヒー二つ」
「かしこまりました」
注文が終わると、パンダはのっそのっそと準備を始めた。
「それで、たっちゃんは何を悩んでるだ?」
「舞さんのこと……」
ああ、これはこれは……。
聞くべきじゃなかったかもしれないと、俺は少し後悔しながら頭を掻いた。
「好きなのか?」
「うん……まあ」
そこでたっちゃんは言葉を止める、ばつが悪そうに口をもごもごとしているところから、まだ何か言いたいことがあるように見えた。
しかしたっちゃんは話さない、そんな態度にしびれを切らした俺は、俺から話してみることにした。
「付き合いたいってことだろ? なら告白したらいいんじゃないか?」
「そんな簡単に言うなよ……それに俺は――」
たっちゃんが言い切る前に、コトンと小さな音を立てて、俺たちの前に二つのコーヒーカップが置かれた。
そのコーヒーカップからは、ナッティーな香りがした。
「お熱い恋ですな」
パンダはまるで何を考えているのか分からない顔で、そう言った。
だいたい、パンダの表情など人間の俺にわかるわけがない。
たっちゃんは、そんなパンダを気にすることもなく、コーヒーに口をつけた。
「苦……」
思ったより苦かったのか、たっちゃんはそう顔をしかめる。
まだまだ子供だな、たっちゃんは。
そんなことを思いながら、俺もコーヒーに口を付ける。
「砂糖は入れますかな?」
「ああ、お願いします」
たっちゃんがそう言うと、パンダは器用に小さなトングで角砂糖をコーヒーへ入れ、スプーンでかき混ぜる。
「苦いコーヒーも、角砂糖を入れればおいしく飲める、苦い人生に、恋という名の砂糖を入れれば、面白い人生になる……」
パンダは、再びなんとも言えない表情で話し始めた。
「私は貴方の過去など知りませんし、あなたがどうして好きな方への告白を躊躇っているのかもわかりません」
何なんだこのパンダは……。
俺はそう思いながら話を聞いていた、対してたっちゃんは、割とちゃんと話を聞いてるようだった。
「でも、恋はいいものですよ、ここにやってきたお客様方も、皆口々にそう言います、恋とは暖かくていいものだと」
「ですが、自分ではない人を好きかもしれない人に告白して、その人の迷惑にでもなったら……」
たっちゃんは、絞り出すようにそう返す。
舞にそんな相手いたっけかな……。
「だからっていつまでも灰色、いや、白黒で良いんですか?」
「え?」
パンダは奥から何やら小さな小瓶をもってきて、それをたっちゃんのコーヒーへと入れた。
「あ、ちょっと!」
たっちゃんはそう止めるが、パンダは手を止めない。
「苦い人生に恋を入れ、より良いものにしようとミルクを垂らす、そうするとコーヒーは白黒のよくわからない液体になります……この状態で、一口飲んでみてください」
パンダに勧められた通り、たっちゃんは不思議そうな顔でコーヒーに口を付ける。
「甘かったり苦かったり、なんだかおいしくないです……」
その言葉を聞いて、パンダは満足そうにうなずく。
何度も言うが、パンダの表情など人間にわかるはずもないので、あくまでそんな風に見えるってだけだが……。
「では、それを混ぜ合わせてみたらどうでしょう」
パンダは再びスプーンでカップの中の液体を混ぜる。
そうすると、白と黒だった液体は、きれいに混ざり合い、ややブラウンに近い茶色の液体へと変わった。
見事に苦いコーヒーは、程よい甘さと苦みをもつカフェオレへと姿を変えた。
液体がくるくる回るのをしばらく見つめて、たっちゃんはその液体を流し込んだ。
「おいしい……」
「でしょう? 白と黒は、合わさるからこそ良いものとなるのです」
パンダは自身の長い爪で頬の辺りをポリポリとしながら言う。
「どちらの量が多いとも、結局は混ざり合わなければいいものではない、白黒はっきりさせなくとも、せめて混ぜ合わせることはした方が、今よりもきっと良い人生になると思いますよ」
そういった後、パンダは口を大きく開け、笑っているような表情で付け加えた。
「白黒で成功するのは、我々パンダだけで十分ですからね」
その言葉に、たっちゃんは軽く笑い、空のコーヒーカップを見つめた後、頷いて、口を開いた。
「ありがとう、パンダさん、なんだかどうとでもなる気がしてきた……こんなに暖かい気持ちになれたのは久しぶりだよ」
「あーあ、俺が悩みを解決してやろうとしたのに、全部パンダに持ってかれっちまったな~」
俺は、なんだかやるせない気持ちでそう嘆くと、はっきりと満面の笑みで、たっちゃんは俺に言った。
「こう君もありがとう、話をできる機会を作ってくれて、同居人が君でよかったよ」
そんな素直な言葉に、俺は少し照れながら、視線をそらした。
「おやおや、あなた達のおかげで、またこの店が暖かくなりましたな」
「どうゆうことですか?」
たっちゃんの問に、パンダはカップを片付けながら答える。
「この店の空調は、全てお客様の『熱』で温められておりますので」
「『熱』?」
俺が続けて聞くと、パンダはこちらに背を向けカップを洗いながら続ける。
「お客様方の『熱愛』『熱中』『熱烈』『熱気』なんでもいいのです、熱い感情をもったお客様が、ここでその熱量を上げていただくと、上がった分がこの店を温めます。そして、次に来たお客様を温めるんです、これが、この店の熱循環、人の心の熱循環ですよ」
なんだ、このパンダ面白いことを言う。
俺は、そう関心しながら席を立つ。
「ごちそう様、お会計は?」
「いりませんよ、ここはコーヒーショップではありません、『パンダカフェ』ですから、パンダにはお金なんて要りません」
パンダはそんな変な理由を付けて、俺の会計を断った。
「そうなのか……じゃあ、失礼するよ」
「おいしいコーヒー、ありがとうございました」
たっちゃんもそうお辞儀して、俺の後に続く。
「お粗末様でした、熱のご提供、感謝いたしますよ」
その言葉を最後に、たっちゃんと俺は店の外へ出た。
「不思議なパンダだったな……」
「そうですね……でも、良いパンダでした」
あれから、俺たちはあのパンダカフェを再び訪れようと同じ道を通ってみたが、そこに同じ店を見つけることは出来なかった。
でも微かに、店があったところの前を通ると、ナッティーな香りが漂ってくる。
俺の隣にいたパンダは、今ではもうすっかり、さわやかな表情に戻っていた。
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